ブックタイトル森林のたより 750号 2016年03月

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概要

森林のたより 750号 2016年03月

-海を渡る蝶、ヒメアカタテハ-【第296回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira今年の冬は暖冬だ。暖かい。それを実感したのが昨年の暮れ。ベランダの掃除をしていたらハエがいた。少し飛んでは休む。これを繰り返していた。床には小さなクモが2匹。手を出したら隙間へ潜り込んでしまった。この時期にハエとクモがいる。少々驚いた。その翌日。この日はショウリョウバッタを見た。玄関周りの掃除をしていたら壁と植木鉢の間に潜んでいたのである。動きは鈍く、捕まえても暴れる元気もなかった。可愛そうだったので元に戻した。その日の夜である。「まてよ、ショウリョウバッタは卵で冬を越すはずだ。となるとあれは何なのか」こんな疑問がわいてきた。しかし、いくら考えてもわからなかった。そして大晦日。孫たちの大群が押しかけてきた。今の私は虫より孫、バッタのことは頭から消えてしまった。××××孫の大群は私の周りに群がる。これが楽しみであった。しかし、それは初めだけ。そのうちに私の手に負えなくなってきた。そこで大群に襲われる前に、私が逃げた。日課にしている散歩に出かけたのである。日時は1月2日の午前10時。この日も朝から暖かい。歩いていたら異様?なものが目に映った。道路脇の地面にヒメアカタテハが翅を広げて止まっているのである。「まさか、この時期に」と再度見直したものの、間違いなかった。暖冬とは言え、お正月にヒメアカタテハがいる。信じられなかった。ヒメアカタテハは翅を広げたまま、動きもしない。よい写真が撮れると思ったものの、カメラは持っていない。悔やんだものの後の祭り。腰を据えてヒメアカタテハを観察した。しかし、全く動かない。やはり暖かいと言っても冬。寒くて飛び立てないのだと思った。この時男の人が通りかかった。「何をしているのですか」「チョウを見ているのです」「チョウがいる」とその男性。そして「今年の冬は暖かいので、春が来たと勘違いして、親になったのではないの」と言われた。しかし、ヒメアカタテハは成虫で越冬するので、この時期に親になることはない。だけど私は「そうかもしれませんね」と答えた。それはその人が真剣な顔で話されたので「違う」とは言えなかったのである。××××このヒメアカタテハを見ているうちに、中学生の時に読んだ本が目に浮かんできた。その本は中西梧堂の「昆虫界のふしぎ」。その中に「海をわたる蝶」というタイトルで、大群で海を渡っているヒメアカタテハの絵が載っていた。内容は覚えていないが、なぜか本の名前と著者、そしてヒメアカタテハが海を渡っている絵だけが記憶に残っている。今の私は、前日いや今朝のことまで忘れてしまうことがある。それが60年以上前に目にした本のことを覚えているのだから笑えてくる。同時に「今のことは忘れるけど、昔のことは覚えている。これは○○の始まり。」この言葉が脳裏をよぎり心配になってきた。そのうちに「ヒメアカタテハは本当に海を渡るのか。もしや私の記憶違いではないか」このことが気になり、帰宅後ヒメアカタテハについて調べた。それによるとヒメアカタテハは全世界に生息し、このうちヨーロッパのヒメアカタテハは海を渡ってアフリカと行き来しているという。やはり海を渡っていたのである。それにしても冬に陽光を浴びて休んでいるヒメアカタテハは絵になる光景であった。どうしても写真に撮りたかったので、翌日から3日間続けてその場所へ出かけた。しかし、再び出会うことはなかった。××××孫の大群が去り、家は静かになった。孫がいなくなれば、また虫相手。暮れに見た昆虫の確認だ。しかし、ハエ、クモは身を潜めたまま。ショウリョウバッタは逃がした場所にはいない。ヒメアカタテハも姿を見せない。今どこにいるのだろう。毎年暮れからお正月にかけては、酒を飲んでテレビを見て寝て過ごす。こんな生活であった。ところが今年は虫に始まり虫で終わった有意義な日々。しかし、どれも中途半端。これが心残りであった。数日後、今度はNHKラジオで「まさか」と思う放送があった。読者からの便りで、今年は暖冬なので冬にセミが成虫になったというのである。その根拠は、手入れしている庭の植木に、秋まで見られなかったセミの脱け殻が、冬になって見つかったからだという。「脱け殻の見落としだ」と思ったものの、昆虫の世界では予期せぬことが起きる。もし▲ヒメアカタテハ『岐阜県の蝶』(西田眞也著)よりかしたら本当なのではと思ってしまった。同時にあのヒメアカタテハもひょっとしたら男の人が言われたように、暖かいので冬に成虫となった、こんなことも思った。あのヒメアカタテハは今どうしているのだろう。これが気になってきた。あのヒメアカタテハも春になれば新天地を目指して旅立つのだろうか。その姿を思い浮かべていたら、いつの間にか、あのヒメアカタテハが大群に紛れて海を渡っている光景に変わった。それは遠い日の「海をわたる蝶」に載っていた絵のようであった。そのうちにヒメアカタテハの大群は、私に向かって押しかけてくる孫軍団となった。MORINOTAYORI 12