ブックタイトル森林のたより 752号 2016年05月

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概要

森林のたより 752号 2016年05月

-バカの壁、クチブトゾウムシ-【第298回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohiraようろうたけし。漢字で書くと養老孟司。私はこの名前を何回か耳にしたことがある。しかし、どんな人なのかは知らなかった。その後、この人は東大卒の医学博士、世界でも名の知られている解剖学の権威者で、すごい人だと知った。しかし、私の周りはほとんどが医学と無縁の虫好き連中。養老孟司(以下、博士)が話題になることはなかった。それが、2年前の甲虫学会で、博士は昆虫大好き人間だということを聞いた。それも私の好きなゾウムシだというから驚いた。急に身近な人に思えてきた。この話をされたのは某大学のK博士。ラオスへ一緒に採集に出かけた時の様子を映像で説明された。採集道具を身につけて野山を精力的に駆け回っている博士。これが白衣を着て狭い解剖室にいる博士かと思えてきた。虫が大好きな博士。どんな人なのか。普段はどのような生活をしてみえるのか。お酒は飲むのか。こんなことも知りたくなった。××××それが意外なところで知ることが出来た。テレビで博士の虫に熱中している姿が放映されたのである。これで博士のことがよくわかった。博士は小さい頃から昆虫が大好きで、野山を駆け回ったという。いわゆる根っからの昆虫少年。ここは私と同じだが、違うのは脳味噌。博士は昆虫学者を目指したが、虫では食べていけないから医学の道を選んだという。それで東大に合格するのだからやはりすごい人だ。テレビでは、まず博士が建てられた養老昆虫館の全景。箱根の山中にあり、ひときわ目をひく大きな建物である。次に博士の笑顔が大写し。若々しい。とても78歳には見えない。昆虫館は博士が私費で建てられたという。すごい人だとまたまた驚いた。室内には標本箱が整然と並んでいた。恐らく何百箱。いや千箱あるかも知れない。これを見ながら聞き手のお笑い芸人がいろいろ尋ねていた。2,3のやりとり。「爺さんが虫など採って楽しいのですか」「楽しいよ」「好きな虫がいるのですか」「ゾウムシ。その中でもチビゾウムシとクチブトゾウムシの仲間」「外国へも採集に出かけるのですか」「行っているよ」「危険な目にあわないですか」「よくあるよ。ラオスではハチに刺されて4時間動けなかったよ」「死んでしまいますよ」「平均年齢は生きたので、いつ死んでもいいよ。」また、昆虫の生殖器についてはユーモアを交えて話され、司会を笑わせていた。博士が笑顔でたんたんと話される姿。人柄がにじみ出ていた。身近にいる普通の老人のように思えてきた。××××博士の好きなクチブトゾウムシは象のような長い口(吻)ではなく、太くて短い口。ゾウムシらしくないゾウムシである。日本には数百種もいて、ほとんどが幼虫は土中で植物の根を食べて成長し、成虫は葉を食べている。数年前、博士はこのゾウムシで新種を見つけ、その映像が紹介された。ホソクチゾウムシは5mmに満たない小さなゾウムシで日本には数十頭いる。どれも細くて長い口だ。しかし、肉眼では見づらいので、博士は顕微鏡で大写しにし、これをモニターで見ながら標本を作成されていた。ピンセットで器用に虫を操る指先。さすが解剖学の先生だと思った。標本箱には外国の昆虫がたくさん入っていた。ゾウムシのほか、大きなクワガタムシやカミキリムシ、タマムシなどがいた。私が目についたのは大きなクモゾウムシの一種。体長は10cm近くもあるようなゾウムシで、細い体に長い脚。それに長い触覚。標本にするとまさに大きなクモであった。それに比べ日本のゾウムシ。どう見てもクモのようには見えない。なぜ、これがクモゾウムシなの。こんな疑問がわいてきた。このほかにもいろいろ紹介されているうちに30分が過ぎてしまった。見応えのある番組であった。××××翌日、「あの昆虫館を建てるにはかなり費用がかかっているはずだ。自分の給料で建てたのだろうか。だとすれば東大医学部の教授は高給取りだ」と思った。このことを職場の元某大学の先生に聞いてみた。先生は博士のことをよく知っていて、「それは博士の書かれた『バカの壁』という本がベストスリーに入るほどよく売れ、その印税で建てたのだ」と言われた。そう言えば昆虫館の入り口の壁には馬と鹿の大きな漫画が書いてあっ▲口の短いクチブトゾウムシの一種た。それで馬鹿なのかと思った。さらに先生は笑いながら、「あなたも『山のおじゃまむし』を出版したのでしょう。その印税を銀行に預けておかないで野平昆虫館を建てたら。そして、入り口には、徳利と盃の絵を描いておけば。」と言われた。一緒にいた同僚は大笑いした。私も一緒になって苦笑いした。言い訳すると空しさだけが残るからである。それにしても80歳近くになっても衰えない昆虫への熱意。どこにパワーが潜んでいるのだろうか。自分にも大きなエネルギーとなった。そういえば博士は酒が飲めるのか。これが気になってきた。解剖学の権威が酒など飲んで馬鹿騒ぎはしない、と思う反面、虫好き人間の多くは酒好き人間。ひょっとしたら博士も酒大好き人間。それも酒豪。こんなことも思った。MORINOTAYORI 14