ブックタイトル森林のたより 755号 2016年08月

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概要

森林のたより 755号 2016年08月

-しつこい、便所虫-【第301回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira今年の5月下旬から6月にかけ三つのニュースが連日報道された。一つは北海道の山中で行方不明になった小学二年生のY君のこと。もう一つは元ボクシング世界チャンピオンのモハメド・アリ選手が亡くなったこと。そして前東京都M知事の政治資金不正疑惑のことである。この報道には多くの人が注目した。連日テレビに映し出される当事者の姿。大写しにされた顔。その表情から当事者の人間性やその生き様が強烈に私の目に映った。精神力の強さや心の優しさに胸を打たれ、強欲、醜さに腹を立てたりもした。それから1ヶ月が経過。もうあの出来事が話題になることはない。しかし、私の脳裏から消えることはなく、今でも思い出すときがある。そんなある日「もし、あの当事者が私だったらどうしただろう?」ふと、こんなことを思った。しかし、考えることを止めてしまった。想像するだけで恐ろしくなり鳥肌が立ってきたからである。そのかわり当事者のような昆虫が浮かんできた。××××Y君が行方不明になったのは夕方である。しかし、その日の捜査では見つからなかった。翌日からは連日100人以上、多いときは200人規模で探した。しかも悪いことに雨降りの日もあった。暗闇の中で寒さと恐怖におびえ「お父さん」「お母さん」と泣いているY君。その姿を想像すると胸が痛んだ。捜査は5日間続けられた。それでも見つからなかった。「もう駄目だ」と私は最悪の事態を想像した。ところがそうではなかった。6日目の早朝、Y君が自衛隊の倉庫で発見されたのである。しかも元気だというから驚いた。Y君はこの倉庫で6日間も水だけ飲んで過ごしていたという。電気がないから夜は真っ暗。いるのは小学2年生の幼子Y君だけ。どんな気持ちでいたのだろう。それにしてもこの強さと精神力。小さなスーパーマンのように思えた。倉庫の中でじっと我慢していたY君。それは材内にいるクロカミキリのように思えた。クロカミキリは幼虫がクリ、コナラ、ケヤキなどの材内を加害して成虫となる。普通2~3年で成虫となるが材が乾燥してくると10年以上もかかることがある。中には60年間材内で過ごした記録もある。この間、材内で耐え忍んで脱出出来る日を待っているのである。それが材から出て陽光を浴びたクロカミキリの喜び。Y君が発見された時の光景と重なってしまう。××××モハメド・アリは昭和40年から50年にかけて活躍したボクシングの元世界ヘビー級のチャンピオンである。とにかく強かった。軽いフットワークで相手のパンチをかわし、隙を見て強烈なパンチを打ち込む。相手はたまらずダウン。いつからか「蝶のように舞い、蜂のように刺す」がアリ選手の代名詞となった。私もファンの一人でテレビに釘付けになったものだ。その時の光景が今でも思い出される。この最強の男アリ選手はリングを離れると人種差別や戦争に反対する平和主義者であった。しかも、自分自身が行動するので、多くの人から慕われていた。そのアリ氏に悲劇が起きた。ボクシングのライセンスとチャンピオンベルトが剥奪されたのである。理由はベトナム戦争での兵役を拒否したからである。それでも彼は信念を貫き通した。引退後は難病のパーキンソン病を発病。それでも病と闘いながら平和へのメッセージを送り続けた。アリ氏の死を全世界の人が悲しんだ。葬儀には各国から数万人もの人が参列した。その時紹介されたアリ氏の言葉が心に響いた。「なぜアメリカ人がベトナム人を殺さなければならないのか」。テレビでは若き日のアリ氏の闘う姿が映し出されていた。それは強力な毒針を持ったスズメバチがモンシロチョウのような翅でリングを舞い、相手を狙っているようであった。××××対照的なのがM氏。都知事に就任したときは、「お金にはクリーンな人」として都民から歓迎された。ところがそうではなかった。政治資金の不正使用や公私混同などが次々と発覚し、その数があまりにも多いので都民が怒った。家族で出かけた回転寿司や天ぷら店の料金、マンガや肌着代などにも政治資金が使われていたという。このケチというかセコさには都民だけでなく皆があきれてしまった。一方では週末になると公▲叩かれても這い上がる便所虫用車で湯河原の別荘へ行き、美術館や野球観戦にも出かけていた。こうした疑惑に都民は怒り、厳しい声が浴びせられた。都議会から厳しく問われても「記憶にありません」「第三者の厳しい審査を受けています」。この繰り返しで自分の口から説明することはなかった。その光景が連日テレビで放映された。議員からの厳しい質問。傍聴席からの罵声。それでも顔色を変えず淡々と答えるM知事。普通の人間だったら耐えられないだろう。そうまでして都知事にしがみつきたいのかと思った。このしつこさ。その姿は、私が小さい頃目にした“便所虫”と呼ばれていたアブ類の幼虫のようであった。肥だめの壁を競うように這い上がってくる無数の白いウジ。誰からも嫌われ、ほうきでたたき落とされていた。それでも上ってくるしつこさ。すっかり忘れていた便所虫を思い出し懐かしくなった。結局M氏は辞任に追い込まれた。その姿は便所虫が力つきたようで哀れに映った。MORINOTAYORI 10