ブックタイトル森林のたより 758号 2016年11月

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概要

森林のたより 758号 2016年11月

-美味しいのでしょ、マムシ-【第304回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira7月某日。「お父さん。ヘビを捕まえてきて」と娘。「ヘビ、食べるのか。だったらマムシだな。あれは美味いぞ。」私は冗談だと思い、こんな返答をした。しかし、そうではなかった。小学1年生のY君が通っている絵画教室の先生が、「動物は写真でなく実物を見ながら描かせなさい。心に伝わる絵になるから」と言われたからだという。私は嫌な顔をしながら「なぜヘビなのか」と聞くと「誰も描かないと思うから」。そして、いつもの殺し文句「孫が可愛くないの?」。虫採りをしているとヘビによく出会う。しかし、たまたま出会うだけ。捕るとなると難しいだろう。気が重くなってきた。嫌々、近くの野山を探したが駄目。娘にどのような言い訳をしようかと考え始めた。そんな時、I氏と某地の河川敷へ昆虫採集に出かけた。私自身、ここで採集するのは初めてなので、どんな虫がいるか楽しみであった。それと運がよければヘビが捕れるのではないか。このことにも期待した。しかし、現地へ来て落胆した。背丈の低い植物が繁茂しているだけという単調な植生だったからである。しかも、この日は猛暑。捕虫網を振るにも力が入らなかった。××××ところがI氏。20代の若者だけに体力がある。しかも採る気満々。あちこち走り回って捕虫網を振っていた。特に狙っていたのがトンボ。捕虫網を素早く振って何匹も採っていた。私も競うように捕虫網を振ったが、空振りばかり。トンボが逃げてしまうのである。若い頃は虫採り名人と呼ばれていた私。自負心に傷がついたようで、その後もムキになって捕虫網を振り回した。しかし、採れなかった。人間誰しも高齢になると動体視力が低下する。このことは知っていたが、自分には無縁だと思っていた。ところが、トンボの素早い動きについていけなかった。この現実に直面し、悲しくなってきた。トンボを諦めゾウムシ探しをはじめた。まず狙ったのがヤマトクチブトサルゾウムシ(以下、ヤマトサル)だ。このゾウムシは体長2mmの小さなゾウムシで、生態などは不明の貴重種である。近年、このヤマトサルが外来植物のオオフサモにいることがわかってきた。そのオオフサモは、この河川にたくさん自生していることがわかっている。運がよければヤマトサルが採れるのではないか。そんな気がしたので、まずオオフサモを探した。××××ところが、オオフサモは侵略的外来種であるため除去され、見当たらないのである。駄目だ。これでは採れないと諦めかけた。しかし、どこかに残っているはずだとしつこく探した。意外なところにあった。人家近くの休耕田に群生していたのである。「いますように」と神頼みをしながらそのオオフサモを見た。「おった!」と胸が熱くなった。オオフサモの葉にヤマトサルがたくさんついていたのである。しかし、この喜びは一瞬だった。どのオオフサモにもたくさんいるのである。この時点で希少種どころか普通のゾウムシに格下げ。落胆した。かつてヤマトサルは日本に自生しているフサモ属の植物を食べて生活していたものの、生息数は少なかった。それが日本へ侵入してきたオオフサモが各地で大繁殖した。そのうちにヤマトサルはこれを食べるようになり、大幅に増えてきたのである。しかし、各地でオオフサモなどの外来植物の駆除が盛んに行われている。この調子ではヤマトサルはまた希少種になるのではないか。そんな気がしたので、たくさん採った。採れるうちに採っておく。この昆虫マニアの鉄則を怠ると、悔しい思いをすることがあるからである。××××さて、運がよければ捕れるのではないかと期待したヘビ。いくら探しても見ることが出来ない。やはり駄目か。神様に助けを求めた。この願いが届いたのか道路上にヘビがいた。というより乾燥して骨と皮だけのヘビの死体があったのである。これを持ち帰ろうと思っ▲食べると美味しい?マムシた。しかし、娘からの注文は生きているヘビ。死体では駄目だと諦めた。しばらくしたら思わぬ光景が目に入った。I氏が手にヘビをぶら下げて歩いているのである。あのヘビをいただこう。これで娘との約束が果たせる。神様のお陰だと感謝した。ところがそのヘビは猛毒のマムシであった。I氏はマムシだったので、私に見せるために捕まえたのだという。マムシは子持ちなのか大きなお腹で、絵の題材としては申し分なかった。I氏に事情を話し「そのマムシをくれない?」と私。「いいですよ。でも家族が咬まれたりすると大変ですよ」とI氏。私はこの一言で持ち帰るのを止めにした。Y君が咬まれ大騒ぎになっている姿を想像したからである。しかし、娘は納得しないだろうと思い、捕ったという証の写真だけ撮った。帰宅すると「ヘビは」と娘。「捕ったけど毒蛇のマムシだったので持ってこなかった」と私。娘は「本当に捕まえたの?」と疑いの目。そこで写真を見せたところ娘は納得。撮っておいてよかったと思った。そして笑いながら娘は言った。「持ってきてお父さんが食べればよかったのに。美味しいのでしょ。」MORINOTAYORI 10