ブックタイトル森林のたより 763号 2017年04月

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概要

森林のたより 763号 2017年04月

-プレッシャーに勝った、オオクワガタ-【第309回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira昨年6月、I氏と某地へ採集に出かけた。その時の会話。「クワガタムシがいたら知らせて」と私。「写真を撮るのですか」とI氏。「孫にプレゼントしたいから」「飼うのですか」「そうです」。孫とは、目に入れても痛くないY君である。今年から小学1年生だ。クワガタムシを飼うのを楽しみにしているので、何としても採ってやりたい。そんなことでI氏に話しかけたわけだ。I氏は「クワガタムシの飼育は私の父もしていますよ」「え、もしやオオクワガタ」「そうです」。I氏の親は数年前から趣味でオオクワガタを飼育し、卵を産ませて成虫に育て、それに卵を産ませる累代飼育をしているという。オオクワガタは頑強な体に大きな角(大顎=おおあご)。昆虫界の王様だ。誰もが欲しがる。私は思わず口に出た。「ワンペアー頂けないか頼んでみて」このひと言が後になって、Y君ではなく私に思いもしないプレゼントとなった。3ヶ月後、I氏から大きなオオクワガタが送られてきたのである。それも、4匹(オス、メス各2匹)いた。××××私は嬉しくなった。当初はY君と一緒に飼おうと思ったが止めた。自分が飼育し、卵を産ませようと思ったからである。大きな角を広げて、相手を威嚇しているような姿。迫力があった。毎日眺めた。そのうちに大相撲が大好きな私には土俵入りをしている大関稀勢の里のように映った。それは私が稀勢の里ファンであることと、19年間も日本人が横綱になっていないことからである。稀勢の里の強さは誰もが認めている。なのに、まだ優勝してない。これが不思議だった。「稀勢の里、早く優勝して横綱になってくれ」オオクワガタを見ているうちに、こんなことを思った。私がオオクワガタを初めて目にしたのは20代前半。故T氏が虫仲間数人に自慢しながら見せてくれたのである。その威厳ある姿に全員が圧倒されてしまった。私も欲しくなり、この虫仲間と競って探した。しかし、いつも空振り。そのうちに熱が冷め、いつしか頭の片隅で眠ってしまった。20数年前、それが目を覚ました。オオクワガタがマニアの乱獲や森林開発などで激減し、その状況がテレビ、新聞などで報道されたからである。数が少なくなれば価値が上がる。これに目を付けたのがペット業者。人工餌で大量に飼育してペットとして売りだしたのである。ペットのオオクワガタは、野外のものよりはるかに大きく、まさにオオクワガタであった。そのオオクワガタを見て、私も飼育をして大きなオオクワガタを育てようと思った。しかし、止めた。飼育を始めるには予想以上に経費がかかるからである。当時、我が家は子育てで出費がかさみ家計は火の車。とても飼育できる環境ではなかった。しかし、オオクワガタを飼育したい。この思いは強かった。××××再び稀勢の里の話。稀勢の里は入門当時から怪童と呼ばれ、とんとん拍子に出世をし、わずか2年で幕内に昇進した。まだ18歳だった。ところが、ここからが苦難の道。勝ったり負けたりで、優勝どころか三役に定着できないのである。6年後、ようやく大関になった。しかし、やはり優勝することが出来ない。この1番という大勝負になると負けてしまうのである。この頃から、稀勢の里はプレッシャーに弱いと言われるようになった。優勝するチャンスを何回も逃し、歳も30近くになった。横綱は無理だろう。稀勢の里ファンの私でも思った。I氏からオオクワガタをいただいたのはこの頃である。そのオオクワガタは飼育箱の中でほとんど動かない。それでいて威厳がある。この姿がまた稀勢の里のように映った。そのうちに稀勢の里が横綱になるにはまず優勝だ。それも次の場所で優勝することだ。いや絶対優勝して欲しいと願った。その大相撲九州場所が始まった。××××この年(2016年)も稀勢の里は優勝することができなかった。それでも毎場所好成績を残していたので、今場所の成績次第では、最も強い力士が受賞する年間最多勝が取れるチャンスであった。しかも、優勝すれば日本力士の横綱誕生。こんなことも言われていた。ところがこれがプレッシャーになったのか、途中で優勝争いから脱落してしまった。しかし、プレッシャーが無くなると強い。その後3横綱すべてに勝利し、年間最多▲見るからに強そうなオオクワガタ勝を受賞。しかし、優勝を逃したので、横綱昇進は次の場所まで持ち越しとなった。2017年1月、その場所が来た。稀勢の里は勝ち続け、14日目に優勝を決めた。ようやく大敵プレッシャーにも勝ったのである。初めての表彰式。今までの苦労が脳裏を去来したのであろう。大粒の涙が頬をつたい、それを手で拭いた姿。私も目頭が熱くなった。それから数日後、横綱に昇進した。その土俵入りが明治神宮で行われた。両手を広げて四股を踏む稀勢の里。貫禄があった。オオクワガタが大きな角を誇示しているようであった。翌日、飼育しているオオクワガタを見た。飼育箱の中で土に埋もれてじっとしていた。連日寒波が襲い寒い日が続いているので、必死にその寒さに耐えているようであった。その姿はプレッシャーという重圧に耐えていた頃の稀勢の里のようであった。MORINOTAYORI 10