ブックタイトル森林のたより 727号 2014年04月
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森林のたより 727号 2014年04月
-沙羅ちゃん、オオムラサキ-【第273回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohiraロシアのソチ。今、ここで冬季オリンピックが開催されている。連日、テレビで放映され、ついそちらへ目が向いてしまう。どの競技場もすごい。近代的な設備と機器。最新鋭のものばかりである。さすがロシアだ。大国の威信をかけて整備した会場だと感心してしまう。プーチン大統領の誇らしげな顔が目に浮かぶ。ここで選手が力と技を出しあって競う。その迫力ある闘いを想像するとオリンピックが始まる前から楽しみであった。日本の目標はメダル10個。この目標に向かって選手は闘いに挑んだ。その一番手がモーグルの上村愛子選手。前回のオリンピックは4位でメダルを逃している。何としても取って欲しいと応援した。しかし、今回も4位。しかも僅差。彼女の心を思うと胸が痛む。次が男子のスピードスケート500mの長島選手と加藤選手だ。二人そろって表彰台というのが大方の予想。しかし、世界となると強豪ぞろいだ。表彰台の階段はきつく途中で息切れ。オリンピックでメダルを手にするのは難しい。誰が一番手になるか。やはり彼女か。彼女しかいないと思った。××××その彼女とは高梨沙羅選手。「沙羅ちゃん」と呼ばれている17歳の女子ジャンプの選手だ。身長150数センチ。小柄でまだあどけなさの残る少女であるが、ジャンプ台を蹴って飛び上がると、上空を力強く舞う小さなクマタカのようである。体を前に倒してスキーの前を広げ、腕を後ろに伸ばして地面へ降りる姿は獲物を狙っているクマタカ。そんな錯覚さえ覚える。「小さな天才ジャンパー」と呼ばれている沙羅ちゃんの実力は誰しもが認める。特に今年はワールドカップで13回のうち10回優勝し、向かうところ敵なしであった。新聞、テレビでは金メダル間違いないと報道しているし、私自身もそう思っていた。しかし、報道されればされるほど沙羅ちゃんには大きなプレッシャー。これで本来の力が出せないのではないかと思ったりもした。その日がきた。風の向きが不安定で、天候はあまりよくない。ジャンプ競技は風に左右されるので、運、不運が付きまとう。ひょっとしたらプレッシャーと不運が。こんなことが脳裏をかすめた。この「ひょっとしたら」が「ひょっとした」になってしまった。沙羅ちゃんが負けたのである。しかも、4位である。これがオリンピック。勝負の厳しさを目の当たりにした。沙羅ちゃんの目からながれる涙を見て、私も目頭が熱くなった。しかし、沙羅ちゃんは「負けたのは風が吹いていたからではなく実力がなかったから。どんな条件でも勝てるようもっともっと練習して次のオリンピックを目指します」と笑顔で話していた。すごい。××××数日後、男子のジャンプ競技が始まった。ここでの主役は葛西選手。年齢41歳。これだけでもすごいのに金メダルを狙うと自ら口にしている。私は内心無理だと思った。何せ歳が歳だからだ。ところが銀メダル。これはすごい。葛西選手の実力を甘く見ていた自分。葛西選手には失礼なことをしたと思った。空中を舞う姿。大きなクマタカのようであった。表彰台で喜ぶ葛西選手。満身の笑みとガッツポーズ。絵になる光景であった。次が団体戦だ。もちろん最後に飛んだのは葛西選手。この種目でも銅メダルに輝いた。この種目でメダルを取ったのは16年ぶりとか。皆が涙を流していた。特に葛西選手は自分が表彰された時は泣かなかったのに、涙を流していた。この若い選手にメダルをとらせることができた。それが嬉しかったからだという。こうした美談を含め葛西選手のニュースが連日放映された。しかし、41歳でメダルを手にするまでのトレーニングは並大抵のものではなかったという。きつくて止めようと思ったことが何度もあったとか。この努力。これがあったからこそ今があるのだと思った。逆に自分はどうか。情けないの一言。70歳になったら急に気力が萎え、面倒なことから逃げるようになった。これでは駄目だ。気合を入れなおさなくては。××××オリンピックが終わりに近づいてきた時、某テレビで日本選手の闘いぶりを紹介していた。しかし、内容はほとんどが勝者。しかも華やかな競技種目が中心。もちろんジャンプ競技では葛西選手。それは当然だろう。しかし、私はさびしかった。あの沙羅ちゃんがでてこないのである。その時、メダルを取ったある選手が「私の出た競技は人気がないので注目されていない。このためのびのびと闘うことができ▲オオムラサキの雄た。プレッシャーがあればメダルは取れなかっただろう」。もし沙羅ちゃんにプレッシャーがなければ。しかし、理由がどうあれ負けは負け。これが勝負の世界。勝てば官軍負ければ賊軍。この言葉が脳裏をかすめた。ある日その沙羅ちゃんが久しぶりにテレビに出た。頭の中はもう次のオリンピック。「ソチでは悔しい思いをしたので、4年後に向けてもっと技術面と精神面をきたえないといけない」と話していた。これなら大丈夫だと確信したら、またクマタカの上空を舞う姿が目に浮かんできた。それが、いつの間にかオオムラサキに。オオムラサキは日本を代表する蝶として国蝶に指定されている。大きな翅で上空を飛ぶ姿は力強い。4年後には心身ともにたくましくなった沙羅ちゃんがオオムラサキとなって韓国の上空を力強く羽ばたくであろう。15 MORINOTAYORI