ブックタイトル森林のたより 773号 2018年2月

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概要

森林のたより 773号 2018年2月

-雪の中で切り株さがし、マイマイカブリ-【第319回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira毎年12月になると喪中のはがきが届く。その数は年々増え、昨年は10枚を超えた。「え、あの人が」、「まさか、なんで」、「まだ若いのに」。つい、こんな言葉を口にしてしまう。その1枚が虫の先輩A氏の奥様からだった。ショックだった。と言うより信じられなかった。A氏は82歳。しかし、そんな歳には見えない。精神年齢が若いのである。今年の年賀状には「このところ郷土の歴史、民俗、天産と植物にも目がいっています」と虫以外のことにも興味を示し、やる気満々だったからである。無念だろうと心が痛んだ。私がA氏に会ったのは高校生の時だから50数年前。昆虫採集用具店のS商会である。当時、ここは高山市周辺の虫好き人間のたまり場。ここで私は先輩たちから虫の名前や採り方などを教えてもらった。その中の1人がA氏。我が家と自宅が近かったので、一緒に採集に出かけて直接指導を受けた。言うなれば先生だ。しかし、採集を始めると別。先生と競って虫を追いかけた。と言っても、当時は今のようにせせこましい?時代でなく、おおらかであった。このため競ったとはいえ、のんびりした採集であった。そんな在りし日のA氏が脳裏を去来し、懐かしくなってきた。××××A氏との採集で、忘れられないのがマイマイカブリだ。この虫は、名前の通りマイマイ(カタツムリ)の殻に長い首を突っ込み、肉にかぶりつくという変わった虫だ。私がマイマイカブリを知ったのは高校生の時。その神秘的な姿に魅了された。しかし、この虫は翅が退化して飛べないので、地上を歩き回る。しかも夜間なので、採るのが難しい。それをAさんが採った。越冬しているものを切株の樹皮下で見つけたのである。私も採りたい一心で、A氏にそこへ連れて行ってもらった。当時は今のように暖冬ではない。寒いうえ雪が30cm以上も積もっていた。雪をかき分けて切株を探した。つらい採集だった。しかし、採れない。駄目だと諦めかけた時、A氏が「この切株にいるかも知れないよ」と指をさした。私は樹皮を剥いだ。驚いた。目の前には大きなマイマイカブリ。思わず「おった!」と口にした。嬉しかった。胸が熱くなった。今思えば、このマイマイカブリは、Aさんが気落ちしている私を喜ばせるために採らせてくれたのだ。そんな気がしてならない。××××糞虫採集も忘れられない。この仲間の虫は動物の糞を食べているので、まさに「くそむし」だ。これをA氏と採りに行った。道に落ちている牛の糞を棒でつついて探した。しかしいない。たまにいてもA氏ととりあいになった。挙げ句の果てが棒から素手になり、二人で競って糞をかき混ぜた。そのうちにコツを覚え、よく採れるようになった。カレーのような柔らかい糞にはいなくて、メロンパン程度の堅さのものに多いことがわかってきたからである。次に馬糞を探した。勿論素手。感触はメロンパンよりやや堅めだった。これを二つに割った。中には数匹の糞虫。牛糞とは別の種だ。これがどの糞にもいたのでたくさん採れた。この日の糞虫採りは大収穫であった。ところがこの後が大変だった。爪の中に入り込んだ糞が取れないのである。どの爪も先端部は黄色に変色。見るからに不潔な手となったが、笑みを浮かべて帰宅。そして夕食となったが、この日はカレーライスでご飯の上はカレーが山盛。昼間に素手で触った牛糞のようで、さすがにカレーが好きな私でも食が進まなかった。数日後、この糞虫採りを職場の同僚に話した。その時、糞はどのように数えるのかと聞かれた。しかし、よい数え方が浮かばなかった。そこへ、自宅で牛馬を飼っている人が入ってきた。その人は、牛は「ひとたれ、ふたたれ」で、馬が「ひとこき、ふたこき」だと簡単に答えた。皆は大笑い。そのことをA氏に話した。「牛▲首の突き出たマイマイカブリは糞を垂れる」で「馬が糞をこく」か、実に含蓄ある言葉だと笑いだした。私もまた大笑いをした。××××欲を丸出しにしたような採集。これをA氏がしたことがある。私と薪の前で虫を採っていたときである。目の前に3匹のカミキリムシが姿を現した。どれも珍品だ。「しめた!」と手を出そうとした。すると、その前にA氏が採ってしまった。その採り方がすごい。まず右手で1匹つかみ、左手で1匹を押さえこんだ。当然、残りの1匹は私が採れると思った。ところが、A氏はそれをさせなかった。その虫も口でくわえてしまったのである。この強欲さ。腹が立った。しかし、こうでもしなければ虫は採れないのだと痛感した。これが教訓となって、私も欲丸出しの採集をするようになった。こうした採集時のエピソードは虫仲間の誰しもが持っていた。それをS商会で話し合い、笑ったものだ。そのうち定連9人とは、夜に居酒屋で語りあうようになった。これが楽しかった。今では味わえない独特の雰囲気だった。そのメンバーも次々と天国へ旅立ち、残ったのは私1人。さびしくなった。改めて時の流れを痛切に感じる。さようならAさん。天国で皆が待っているよ。合掌。MORINOTAYORI 8