ブックタイトル森林のたより 774号 2018年3月

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概要

森林のたより 774号 2018年3月

-里帰りして卵を産む、ルリタテハ-【第320回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira今年(平成30年)は、このシリーズを書き始めてから27年になる。自分ながらよく続いたものだと思う。振り返れば当時は40代で現役のバリバリ。ネタは豊富。あっという間に完成。書くのが楽しかった。それが今は後期高齢者の一歩手前。体力の低下、ネタ不足、鈍くなった頭。それに気力の萎えなどで、筆を持つ手が重い。締め切り日だけがあっという間にきてしまう。この繰り返しで重圧の日々。そろそろ引退。私の弱い心が頭を持ち上げてくることがある。そこで、考えたのが原稿の貯金。ネタが見つかればすぐに書いて貯めておき、これを締め切り日に出すことにしたのである。初めはきつかったが、これをやり出したら、少し楽になった。ところが本誌は月1回の発行。原稿の書き貯めは、夏に載せる原稿が冬になることもある。筆者としては時季に見合った原稿を載せたいのだが、今の私には無理。この事情を察し、時季外れの原稿が載ることをご理解いただきたい。これが気になっていたので、原稿を書くにあたり、お詫びをした次第である。さて、これからが本来の原稿。今年もたくさんの年賀状が届いた。しかし、半数以上は年賀状だけのやりとりで、中には30年以上も会っていない人もいる。当然、当時は私も相手も若かった。その在りし日のことが脳裏に浮かび、懐かしくなる。その一人である岩手県のI氏からの年賀状が心に残った。ルリタテハについて興味あることが記してあったからである。××××それではルリタテハとは、どんな蝶であろうか。まずはその紹介。翅の長さは4cm前後。その翅は黒みがかった紺色で、そこに鮮やかな瑠璃色の帯模様がある大変綺麗な蝶である。成虫は年に2~3回発生し、主に森林やその周辺で生息し、樹液や動物の糞などに集まり水分を吸って生活している。幼虫はサルトリイバラやユリ科の植物の葉を食べているが、体全体が黄白色の棘状突起で覆われているので、多くの人は気味が悪いと言うかも知れない。羽化した成虫は近くの森へと飛び立ち、餌場をさがす。それが見つかると自分の縄張りとし、後はここを定期的に力強く飛び回って見張る。時には侵入者もいる。その時は相手に体当たりするなど攻撃性の強い蝶でもある。時々、地面へ降り翅を広げて休憩する。この姿がすばらしい。瑠璃色の帯が鮮やかに映え、思わすカメラを構えてしまう。また、幼虫はサルトリイバラなどの葉裏でじっとしている。棘だらけの体は不気味というより神秘的で、これにもついカメラを向けてしまう。このように魅力的なチョウなのにマニアにはあまり人気がない。どこにもいる普通のチョウだからである。私もその一人で関心がなかった。××××I氏の年賀状には次のようなことが書いてあった。昨年スカシユリの植木鉢に鋭い棘のある不気味な幼虫が何匹もいた。調べたらルリタテハであった。この幼虫に興味が湧き、どのように成長するのか観察しようと植木鉢を室内へ入れた。しかし、翌日に元の場所へ戻した。それは庭で育てば周囲の環境を覚えているので、成虫になってもまた帰ってきて産卵するだろうと思ったからだという。ルリタテハが鮭のように生まれ故郷へ帰ってきて卵を産む。この突飛な発想。以前の私なら笑うだろうが、今はそうではなかった。心当たりがあるからである。数年前、我が家の庭にルリタテハの餌である小さなホトトギスがあった。このホトトギスにルリタテハの幼虫がいた。その後も幼虫は毎年見られ、3年続いた。しかし、四年目にホトトギスは枯れてしまったので、その後は見ることが出来なくなった。この時私は、庭にホトトギスがあったので、これを見つけたルリタテ▲不気味な幼虫ハがまたまた卵を産んだのだろうと思っていた。しかし、I氏の年賀状を見て、「ひょっとしたらあのルリタテハは生まれ故郷の我が家へ帰ってきて卵を産んだのかも知れない。」こんな気がしてきた。××××ルリタテハは森林やその周辺を飛び回り、樹液を見つけて吸水し、餌となる食草を探して卵を産む。しかし、我が家は住宅街の一角で、空中を舞う広い空間や樹液の出ている木など無い。それが何故わざわざ我が家の庭へ来て、1本しかない小さなホトトギスに卵を産んだのか。しかも3年連続なので考えてしまう。それにもう一つ。私は近くにある伊木山の遊歩道を20年以上歩いている。その時、サルトリイバラにいるルリタテハの幼虫を何度も見ている。それがついているのはほとんど同じサルトリイバラ。少し離れているといないのである。その時は何も思わなかったが、今となるとひょっとしたら、これも里帰りして卵を産んだのかも知れない。こんなことを思ってしまう。これらの結論はわからないが、I氏にはルリタテハの生態というか生き方の仕組みがこのように映ったのだろう。私には笑えることであったが、もしかしたら真実なのかも知れない。こんなことを思ったら急にルリタテハに興味が湧いてきた。その発端となったI氏の年賀状。やはり心に残る。MORINOTAYORI 14