ブックタイトル森林のたより 794号 2019年11月

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概要

森林のたより 794号 2019年11月

文:樹木医・日本森林インストラクター協会理事川尻秀樹アカネⅡ171前回に引き続きアカネの話をします。アカネの根から染料を採って利用する「茜染め」は、国旗である日の丸を初めて染めたことでも有名です。江戸時代末期、薩摩藩主島津斉彬公が幕府に国旗制定を建議し、茜染めした日の丸を作ったことが、福岡県飯塚市にある筑前茜染之碑に記されています。アカネの根は生薬で茜草(せんそう)と呼ばれ、吐血や血尿、神経痛、月経不順に用いられ、赤色染料としてベニバナ(紅花)より古くから用いられていたことでも有名です。また中央アジアやエジプトでも、紀元前千五百年頃にはセイヨウアカネが利用されており、実際に古代エジプト第十八王朝のファラオ(王)ツタンカーメンの墳墓やギリシャのコリントス遺跡、イタリアのナポリ市近郊にあるポンペイ遺跡からもセイヨウアカネで染めた衣類が見つかっています。茜染めは事前に染める布を灰汁に浸しておく必要があり、臼で搗いたアカネの根を熱湯で煮出して染液がまだ熱いうちに、前処理した布を浸します。灰汁の濃度が薄いと黄色く、濃いと赤みが強くなる特徴があります。黄色みがかったアカネ色素の主成分はプルプリン(パープリン:purpurin)で、一般的にアルミニウムを多く含むツバキの椿灰が媒染剤としてつかわれます。発色はアルミ媒染と灰汁媒染の微妙なバランスの上で決まり、ツバキの少ない東北地方では同じくアルミニウムを含むサワフタギの灰汁を使いました。茜染めは最初のうちは明るい色ですが、数年寝かせると深みのある濃赤紫色になります。このため秋田県鹿角市では、サワフタギの灰汁に百数十回浸して一年ほど寝かせてから本染めとします。しかし現在市販されている茜染めの多くはセイヨウアカネを染源としています。これはセイヨウアカネの根が太くて収量が多いこと、色素主成分であるアリザリン(alizarin)の発色が赤色で、色素の安定性も良いことによります。セイヨウアカネと言えば、昆虫学者のジャン・アンリ・ファーブルにまつわる面白いエピソードがあります。当時、大学の教授になるには財産基準を満たす必要があり、ファーブルはその資金をつくろうと1866年から天然アリザリン精製の工業化研究に取り組みました。特許を取って事業化し、レジオン・ドヌール勲章まで受章したのですが、1868年にドイツBA SF社の化学者カール・グラーベとカール・リーバーマンが、コールタール由来のアントラセンからアリザリンを合成する方法を開発したため、ファーブルは事業から撤退し、大学教授となる夢を断念したのです。私はアカネの花を見る度に、華やかな茜染めの美しさに踊らされたファーブルの無念さを感じるのです。▲筑前茜染之碑MORINOTAYORI 4