ブックタイトル森林のたより 795号 2019年12月

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概要

森林のたより 795号 2019年12月

文:樹木医・日本森林インストラクター協会理事川尻秀樹ヤツデ172冬のヒノキ林で、白い花を咲かせたヤツデを見つけました。ヤツデ(Fatsia japonica)は茨城県以南の本州、四国、九州、沖縄の海岸から丘陵の林内に自生する常緑低木で、厚くつやのある、大きな手のひらのような形の葉をつけます。和名は大型の葉が7~9に深裂していることによる「八つ手」ですが、切れ込みを数えてみると7つまたは9つ(奇数)に裂けています。また属名のFatsiaは日本語の「八」を古い発音で「ふぁち、ふぁつ」と読んだことと、「八手(はっしゅ)」に由来するとされます。葉を乾燥させたものは八角金盤(はっかくきんばん)と呼ばれ、生薬では鎮痛、去痰などに処方されます。葉には有毒なβ-ファトシン、根にはα-ファトシンというサポニンなどが含まれ、過剰摂取すると下痢や嘔吐、溶血を起こし、昔はこうした成分を利用して便所のウジ殺しに用いたり、谷川に流し魚を捕ったりしました。古来、天狗の羽団扇(てんぐのはうちわ)と呼んで、家の敷地内に植えると病魔や魔除け、厄除けになると考えられ、疫病が流行した時にはこの葉で追い払えば治ると信じられてきたため、社寺林や庭木など様々なところに見られるのです。薄暗い林内でも花がよく目立つのは、球状の散形花序が集まって大きな白い円錐花序をつくるためです。おもしろいのは上部の花序は両性花で、下部の花序は雄花、さらに両性花は雄の時期と雌の時期に分かれる点です。一般の両生花は雄しべと雌しべが同時に熟して交配しますが、ヤツデの花の一つずつは花弁が開いた時に、雄しべは花粉が出る状態に成熟していますが、この時点では雌しべは未熟な雄性期(雄性先熟)となっています。その後、数日間は中性期(無性期)となって、花弁と雄しべが落下すると、雌しべが成熟して雌性期となります。これは自家受粉を回避するシステムで、一つの丸い花序内には雄しべと雌しべの両方が熟している状態はほとんど見られません。また雄花と称しているのは、花弁と雄しべが成熟して花粉をつくるものの、雄性期が終わると雌しべが未熟なまま脱落する、つまり雄しべのあとに雌しべの時期がない花なのです。昆虫の少ない冬に開花するのですが、実は虫媒花で、たくさんの甘い蜜を蓄えてハナアブやミツバチ、オオクロバエ、キンバエなどを引き寄せて交配します。甘い香りがする花を目にした私は、この天狗の羽団扇が日本中を厄除けしてくれることを願いつつ、年の瀬の森林散策を続けたのです。▲白い花を咲かせたヤツデMORINOTAYORI 4