ブックタイトル森林のたより 800号 2020年05月

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概要

森林のたより 800号 2020年05月

-ナミテントウ、赤い背中に黒い星-【第346回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira2月のある日、保育園に通っている孫のYちゃんが「おじいちゃん、発表会見に来てね」。私は冗談に「どうしようかな」と返事。すると、「だめ」。そして私の指をつかんで「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」と大きな声。思わず笑みがこぼれる。この保育園には上の孫二人も通っていたので、発表会は何回も見ている。しかし、これが最後。絶対行かなければと思った。当日、開始2時間前に家族全員で出かけた。よく見える前の席を確保するためだ。そのうえ、私は双眼鏡を持参。入り口には「おひなさまっ子発表会」と大きな看板。中へ入ると大勢の人。しばらくしたら幕が上がった。そこにはたくさんの園児。先生が「〇〇ちゃん」、「〇〇君」と呼びあげると、園児は手をあげて「はーい」と大きな声。しかし、返事をせずに走り出す園児もいる。それを追いかける先生。毎年見られる光景だ。双眼鏡で大写しにされたYちゃんの顔。実に可愛かった。××××次が園児たちの発表だ。歌、踊り、劇などいろいろある。どの園児も表情が豊かだ。Yちゃんは劇に登場した。しかし、数日前から風邪気味でカラカラ声。それでも、腹の底から大きな声を張り上げて演技をしていた。楽器による演奏にも出た。小さな打楽器を端っこで叩いていた。私から見ればわき役?に思えたが、手を交互に上げ下げして力強く叩く姿は見応えがあった。演技は次々と進んでいった。どの演技も素晴らしかった。いよいよ最後になった。3歳以上すべての園児による合唱だ。段差のある演台に並んだたくさんの園児。しかし、Yちゃんを見つけることができない。そこで双眼鏡。上部の列の中央にいた。よく目立った。今度は主人公のように思えた。先生の指揮で歌い始めた。口を大きくあけて歌う園児たちの合唱。会場に響き渡った。皆は静かに聞き入っていた。あっという間に終わった。するとものすごい拍手。私も力いっぱい手をたたいた。いつまでも拍手は続いた。それにしても、この小さな園児たちをここまでにした保育園の先生は大変だっただろう。さすがプロだと思った。××××歌い終わった園児たちは、最後に礼をして舞台から離れ始めた。一人ひとり舞台裏へと消えていった。これを見ているうちに、一瞬小さな園児たちがてんとう虫に思えてきた。なぜか集団で冬の寒さに耐えていたてんとう虫が、春の陽気に目覚めて動き出しているように映ったからである。赤い背中に黒い星のあるてんとう虫。子供たちの人気者だ。我が家の孫たちも大好きで、よく捕まえて遊んでいる。ある日、植物の幹に群がっている小さなアブラムシを食べているてんとう虫を見つけた。これが強烈だったのだろう。真剣に見ていた。すると一番上の孫が「てんとう虫は悪い虫なの」と聞いてきた。「食べられている虫が、悪い虫なので、良いことをしているのだよ」とわかりやすく説明した。すると「家で飼う」といって虫かごの中に入れた。わが国には200種近くのてんとう虫がいる。このうち孫たちと観察したのはナミテントウ。どこでも見られるてんとう虫だ。てんとう虫の食べる餌はいろいろで、ナミテントウのような肉食性のもの、草を食べる草食性のものや菌類を食べるものなどがいる。しかし、わかっていないことも多い。てんとう虫は、わかっているようでわからないことの多い▲交尾中のナミテントウ仲間なのである。××××Yちゃんが楽しみにしているのが卒園式だ。保育園を卒園すれば小学生になれると思っているからだ。ところが発表会が過ぎたころから新型コロナウイルスが日本各地に広がり、学校はほとんどが休校。卒業式を中止にしたり、当事者だけで行うところが多くなった。幸いここの保育園は開園しているので、卒園式は開かれるだろう。笑顔のYちゃん。その姿を見るのが楽しみだ。こんな時、悲しいニュースが連日報道されていた。父親がわが子を虐待して死亡させた事件の裁判である。それも小学4年生の女の子。Yちゃんと4つしか違わないではないか。この子が小さい時から虐待されていたという。学校の先生に相談。その後警察、児童相談所などが対応したものの駄目。虐待は続いた。それでも、この子は耐え続けた。苦しい毎日だっただろうと胸が詰まる。しかし、この子は強かった。虐待に耐えながら自分の未来を描き、死亡する3か月前に、自分あての手紙を書いていた。これを読んだ私は涙が流れ出た。その手紙は次の通り。自分への手紙。〇〇さんへ。「三月の卒業式の日。あなたは漢字もできて、理科や社会も完ぺきだと思います。十月にたてためあて、もうたっせいできましたか。五年生になってもそのままのあなたでいてください。」そして最後はこのように書かれていた。「未来のあなたを見たいです。あきらめないでください。」〇年〇組〇〇よりしかし、この子は自分の未来の姿を見ることができなかった。無念だっただろうと、また目頭が熱くなる。今は天国で、てんとう虫に混じって笑顔で歌っているのではないか。そんな光景が目に浮かんできた。MORINOTAYORI 10