ブックタイトル森林のたより 804号 2020年09月

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森林のたより 804号 2020年09月

-救世主ではなく救世種、ギフチョウ-【第350回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira人間誰しも年をとる。年をとれば体力低下、気力の萎え、病院通い、すぐ忘れるなどの症状が出てくる。当然、後期高齢者の私もこの該当者。中でも、物忘れ。これはひどい。人の名前、前日の行動がすぐに思い出せないなど、数えればきりがない。ところが、昔のことはよく覚えているから不思議だ。私の場合は昆虫採集のこと。特にカミキリムシやゾウムシなどの甲虫類を採り始めた高校生の頃だ。もう60年も前なのに、よく覚えている。当時、虫好きの友がたくさんいて、競って採りあったものだ。捕虫網を持って走り回る光景。今でも目に浮かぶ。しかし、これらの友は次々と天国へ旅立ち、残っているのは私一人。寂しさとともに、月日の経つのは早いものだとつくづく思う。また、多くの虫マニアが大喜びするのは大珍品と呼ばれる貴重種を採ったときだろう。私は新種など10種以上採っているが、これらについては何年何月何日に何処でどんな方法で採り、一緒にいたのは誰かなどをはっきり覚えている。私生活も同じだ。虫と同じで、昔のことはよく覚えている。それも若き日の青春時代の思い出。語って、歌って、笑って、涙した当時の出来事が次々と脳裏に浮かんでくる。ところが、あることが私の脳裏から消えていた。それも信じられないようなこと。ショックだった。××××それに気づいた始まりは、今年の1月半ばに届いた1通の手紙。差出人は名古屋市のM氏。高校の同級生だ。卒業後、年賀状のやり取りはしているが、ほとんど会うことはなかった。そのM氏から突然手紙が来た。手紙には次のようなことが書いてあった。「貴方は昨年暮れにあばら骨を2本も骨折し、大変痛い目にあわれたとのこと。そのお見舞いをかねて、一緒に食事をしたいのですがどうでしょうか」というお誘い。彼とは30年以上会っていないはずだ。間違いではないかと思った。彼の顔が目に浮かんできた。しかし、最近会っていないので、目に浮かぶのは若いころの顔。今はどんな風貌で、何をしているのか。私も会いたくなった。早速電話をかけた。久しぶりに聞く彼の声。歳を感じさせる声だった。彼は食事をしながら、いろいろ話し合いたいという。詳しいことはその時に話すということだった。××××当初は2月中旬を予定していた。それが、新型コロナの影響で7月2日になってしまった。実に5か月間も待ったのである。私たちもコロナの被害者だと、二人で笑いあった。食事をしたのは私の住んでいる各務原市の高級料理の店。料理の予約などはすべて彼が手配してくれた。彼とは何十年も会っていない。わかるだろうか。少々不安だった。しかし、すぐわかった。面影が残っていたのである。これが同級生だと思った。料理が出てきた。すると彼は「君にはギフチョウのことで迷惑をかけた。そのお礼をしていないので、骨折のお見舞いを口実に、食事に誘った」と言い出した。このギフチョウのことは私も覚えている。当時彼は大手の銀行員で東京勤務。その時、彼から電話があった。「お客が蛹から出てくるギフチョウを見たいと言っているが、何とかならないか」という。早速、ギフチョウの蛹を送った。何日か経って再び電話があった。「蛹から成虫になって、すごく感動された。さらに野外で飛んでいるのを見たいと言われるのだが、これも何とかならないか」という。数日後、彼はその人を含め3名でわざわざ岐阜市へ来た。その人は野外で舞っているギフチョウを見て大感激。喜んで帰られた。ただ、これだけのことである。それが何で今になって、お礼とはと思った。彼は言った。「ギフチョウのお陰であの人と親しくなり、ずいぶん助けられた。精神的にすごく楽になった」という。「これもギフチョウとそれを準備した貴兄のお陰だと、改めて頭をさげた。私は思った。当時彼は精神的に追い詰められ、苦しい日々が続いていた。それがギフチョウによって救われたのであろう。その時の気持ち。私も似たような経験があるので、よくわかった。私は彼の好意を受けることにした。ギフチョウは、私にすればどこでも見られる、いわゆる普通種。しかし、彼にとっては救世種だと思った。彼を▲羽化したばかりのギフチョウ救った救世主だからである。××××話が弾んだ。話題になるのはやはり高校時代のこと。当時のことを思い出し懐かしくなった。楽しいひと時であった。しかし、卒業後の話はほとんど出なかった。疎遠となり、よく覚えていないのである。どんなことがあっただろうと、日記で調べてみた。いろいろあったが、ほとんどがうろ覚え。頭に浮かんでこないのである。特に彼の結婚式。出席していたのに、全く記憶がないのである。ショックだった。そう言えば、彼は私の結婚式に出席していなかった。当時「結婚式に呼ばれたら、呼び返す」というのが常識。案内状は出しているはずだ。しかし、出席していない。これは私が案内状を出していなかったからだと、今になって思う。そうなると案内状を書く時には、すでに彼の結婚式に出席していたことを忘れていたことになる。またまた、ショックであった。MORINOTAYORI 10