ブックタイトル森林のたより 808号 2021年1月

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概要

森林のたより 808号 2021年1月

-私に会いに来た、キチョウ-【第354回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira昨年(2020年)6月、家族で伊勢路の熊野古道を歩いた。馬越峠から天狗倉山を登って帰るコースだ。石畳の道。写真で見るより迫力があり、歴史を感じた。3人の孫たちは大喜び。雨上がりで濡れている石畳を転びそうになりながら、競って上って行った。その光景、今でも目に浮かぶ。楽しい一日であった。これで熊野古道が気に入り、2か月後に別のコースへ出かけた。しかし、普通の山道。しかも歩いているのはわが家族7人だけ。熊野古道を歩いたという気分にはなれなかった。そこで再度挑戦。今度は人気のある大門坂から熊野那智大社、そして那智の滝へ行くコースだ。しかし、車での日帰りは無理。鳥羽水族館へ寄り、紀伊勝浦温泉で泊まることにした。孫たちはまたまた大喜び。同時に私も嬉しかった。と言うのは私自身、那智の滝へは50年ほど前に職場の旅行で行ったことがあり、その記憶がわずかに残っているからである。その滝を再び見ることが出来る。どんな滝だったのか。胸がわくわくしてきた。××××水族館は子供連れ家族が多かった。まず見たのがセイウチのショー。30分前なのに、ほぼ満席。ショーが始まると超満員。コロナ対策の3密を避けるにはほど遠い状況であった。その後、展示会場を見て回った。その中に水生生物の展示館がありゲンゴロウ、タガメ、ミズカマキリが水中を泳いでいた。しかし、孫たちは素通り。見向きもしないのだ。他の子供たちも同じだ。これが今の子供かと寂しくなった。逆に熱心に見たのは、ジュゴン、アシカ、ハマチ、タイなどの大型生物。足を止めて見ていた。あっという間に時間が過ぎた。宿泊地へ向かった。途中、宿から電話が入った。刺身は量が多いので、子供3人で2つにしたらどうでしょうかという親切な電話だった。しかし、孫たちは「いやだ。絶対食べる」と拒否。このことを娘は電話で答えていた。相手は笑っていたという。夕食の時間が来た。テーブルに並べられた料理をみて驚いた。たしかに刺身の量が多いのである。残すのはもったいないと、皆は競うように食べた。料理の中にクジラの肉や内臓、それにシャチの刺身があった。珍しいので、孫たちは大喜び。「すごくおいしい」、「これが今日見たシャチ」などと話しながら食べていた。私は娘婿と日本酒を飲み始めた。料理が美味しかったので、酒量が増えていった。しかし、料理の量が多い。大人でも食べきれなかった。孫たちも同じで腹を撫でて、「腹一杯だ」と言っていた。今まで旅館で食事をしたことは何回もある。しかし、こんなに美味しくて量の多い料理はなかったように思う。この料理で飲む酒はおいしい。ますます酒量が増えていった。××××那智の滝へは熊野古道大門坂コースで行った。すぐに石畳の階段だった。杉の大木の中に作られた急な山道は、まさに歴史を感じる古道であった。孫たちは相変わらず元気で、駆け足で上って行った。私と女房は孫たちから30分ほど遅れて那智大社に着いた。赤塗りの近代的な社殿がいくつもあった。これが古道の終着点。古ぼけた社殿のほうが歴史を感じるのではないか。そんな気がした。この境内には急な階段があちこちにあり、孫たちは競って上り下りしていた。負けるのはいつも末っ子のNちゃん。負けん気の強い小学1年生だ。悔しかったのだろう。「おじいちゃん、山登りに来たのに、階段ばかりじゃない」と不服顔。思わず笑えてきた。那智の滝は、迫力があり雄大だった。この滝をバックにキチョウが2匹舞っていた。鮮やかな黄色。これが印象的だった。この古道の下りは滑るので上る時より危険だ。杖を使って慎重に下りた。途中ですごい女性を見た。スカートにハイヒールを履いて、日よけ傘をさし上ってきたのだ。顔は厚化粧。歳は若く見えたが40代前半か。後ろでは革靴の男が手で押しているのだ。なんだ、その姿。無性に腹が立ってきた。思わず滑って転んで痛い目に合いますように、神頼み?をした。しかし、残念ながら、悲痛な声は聞こえてこなかった。××××無事帰宅。楽しい二日間だった。しかし、私も女房も後期高齢者。歩くのが遅いので、娘たちには迷惑をかけたと思う。娘に言った。「古道にはたくさんの人が歩いていたが、一番年をとっていたのは自分で、次は女房だろうな」。すると娘、「その年で行けたのが幸せ。しかも夫婦で。行けない人が多いのだから」。その言葉が胸に響いた。うれしかった。今回の旅行はコロナ対策のGoToトラベルを利用したので、安く行くことができた。しかし、コロナで苦しんでいる人がいるかと思うと複雑な気持ちになった。アルバムを取り出し、50年前の那智の滝を見た。ほとんど今と変わっていなかった。しかし、私の周りは大きく変わっていた。9人も故人となっていたのである。その人たちの顔が脳裏に浮かび、50年の長さを痛感した。その時、ふと思った。「滝で目にしたキチョウは私に会いにきたのではないか」。そして「誰だろう」とまたその人たちの顔が目に浮かんできた。MORINOTAYORI 10