ブックタイトル森林のたより 810号 2021年3月

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概要

森林のたより 810号 2021年3月

-レッドデータブック、ギフチョウ-【第356回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira環境省が「絶滅のおそれのある野生動植物(レッドデータブック)」調査を始めたのは30数年前である。当時はレッドデータブックとして注目されたが、それが現在では各県や、さらに市や町でも独自の種を指定しているところもある。こうなると、レッド、レッドで貴重種が貴重種でないような気がしてくる。また、これらのレッドデータブックに掲載されている種を見ていると、「あれ?」と思うようなこともある。例えば、国のレッドでは絶滅していなくなっているのに、県では生きている。おかしな話である。とは言うものの、私自身も県と岐阜市の選定委員として参加しているので、自分で自分の首をしめているようだと笑えてくる。しかし、レッド種を決めるのは大変である。人によって考え方が違うからである。8年前、私は岐阜市のレッド種を選定したが、その見直し作業を進めている。これで頭の痛い問題に直面している。ギフチョウである。××××岐阜市では市のレッド種を決めるため部門ごとに調査を始めた。私は昆虫担当の責任者となり、数人で調査した。その結果、文献も含め、岐阜市には4,000種近くいることがわかった。この結果をもとにレッドデータブックに掲載する種をきめる作業にかかった。参考にしたのが国や岐阜県のレッド種。しかし、今回貴重種は数種しか確認できなかった。やはり貴重種は簡単に見つからないと思った。そこで文献で記録されているレッド種を含めて検討した。この時意見が分かれたのがギフチョウである。このチョウは国や県でもレッド種となっているが、岐阜市では各地で多数見られる普通の蝶。これを入れるのならバッタやイナゴも指定すべきだという意見が出た。それにギフチョウは岐阜昆虫博物館の初代館長の名和靖氏が日本で初めて見つけ、岐阜市とはゆかりの深い蝶である。もし、ギフチョウを外せば名和初代館長に失礼に当たるという意見もあった。そこで現在の館長である名和哲夫氏の意見を聞いてみた。すると意外な返事が返ってきた。「ギフチョウは絶対入れるべきではない。」この一言でレッド種とはしなかった。××××しかし、「なぜ、ギフチョウが入っていないの」という声があちこちから聞こえてきた。ほとんどが岐阜市民だ。やはり入れるべきだったと悔やんだ。次は何としてもギフチョウを入れなければと、名和さんにお話しした。しかし、返事は同じ。「いくら野平さんから言われても私は反対です。これは私の信念ですから」。さらに「私は国や県に関係なくレッド種を決める必要ないと思っています。その前に雑木林、草地、田畑、小川などの開発を止めるべきです。これで多くの昆虫が住み家を奪われています。これがわからないのでしょうか」。さらに名和さんは、「レッドデータという言葉が知れ渡るにつれ、昆虫を採ることは悪いことだと勘違いしている人が多いのではないか。それは子供たちと捕虫網を持って昆虫採集をしていると、冷たい目で見られることがあるからだ」という。これでは子供たちが可哀そうだ。ますます虫から離れていく。これが悲しいと名和さん。そこで昆虫少年が増えればと、子供たちと野外で昆虫観察を行っているという。この熱意。私は名和さんの話に心を打たれた。ギフチョウのことは頭から消えてしまった。××××私はレッド種の考えが少し変わってきた。今までは滅多に取れないような貴重種がレッド種だと思い、珍しい種を選んできた。しかし、こうした種は長い間に築き上げた彼らの生活史。数が少なくても、生き延びていけるのではないか。これに対しどこでも見られる普通種はどうだろう。昔にくらべずいぶん少なくなっているものもいる。例えば赤とんぼ(アキアカネ)。秋になると群がって飛び舞っていたが、最近はほとんど見ることができない。それにイナゴの仲間。これも少なくなった。私の子供の頃は、これを捕まえ鍋で炒って、御飯のおかずや、おやつ代わりにして食べたものだ。あの独特の味とこうばしい香り。今でも忘れることが出来ない。これらが少なくなったのは、農作業の機械化と農薬を大量に使うようになってきたからである。昔のように手作業で田畑を耕し、農薬を使わなければ、赤とんぼもイナゴも増えてくるであろう。しかし、コメや農作物の収量が大幅に少なくなり、農家は生活できなくなる。片方を守ろうとすれば片方が犠牲になる。今、猛威を振るっている新型コロナと同じではないか。そんな気がしてきた。コロナで窮屈な生活をしているせいか、赤とんぼとイナゴには郷愁にかられる。夕日を浴びて天空を乱舞する赤とんぼ。田畑をぴょんぴょん跳ねるイナゴの群れ。まるで童話の世界だった。こんな光景が次々と脳裏をかすめ懐かしくなった。そのうちに「ウサギ追いしかの山、こぶな釣りしかの川、夢は今もめぐりて、忘れがたき故郷----」。当時よく唄ったこの童謡をつい口ずさんでしまった。MORINOTAYORI 10