ブックタイトル森林のたより 816号 2021年9月

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概要

森林のたより 816号 2021年9月

-風の中のマリア、オオスズメバチ-【第362回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira6月下旬、同じ職場のS氏から「これ、面白いよ」と言って、本を渡された。題名は「風の中のマリア」。作者は百田尚樹。初めて聞く作家の名前だ。S氏はこの本をネットで見つけ、ロマンチックな題名に魅かれて購入したという。しかし、内容はオオスズメバチの習性や生活を題材にした本。あまり興味がわいてこなかったという。ところが、読みはじめたらすごく面白い。本から目が離せなくなり、あっという間に読み終えてしまった。その時、この本ならば野平氏が読めば、私以上に夢中になるだろうと思い、持ってきたという。しかし、読む気にならなかった。それは、小さな活字で埋められた紙面。それにオオスズメバチのことはよく知っているからである。でも、読まないとS氏に悪い。とりあえずページを開いた。読み始めたら、この本のとりこになってしまった。オオスズメバチの習性や生活が、やさしい文章で小説風に書いてあったからである。これだったら虫の嫌いな人でも興味をもつだろう。素晴らしい本だと思った。この本の主人公はオオスズメバチの一匹の働きバチ。名前はマリア。このマリアの波乱万丈の生涯を書いたものである。まずオオスズメバチとは。この蜂は春になると1匹のメス(女王蜂)が小さな巣を作り、卵を産む。それが幼虫になると、自分で餌を与えて成虫に育てる。これが働きバチで、すべてメス。その後はこのメスが餌とりに出かけ、女王蜂や幼虫に与えはじめる。餌は主に昆虫類。時にはカエルやトカゲの子を襲うこともある。女王バチは巣から離れることはなく、卵を産み続ける。これが次々と成虫になるが、やはりすべてメスの働きバチ。その数は日ごとに増え続け、巣は大きくなっていく。秋になると翌年の女王となるメスと、その相手のオスが発生し始める。交尾後オスは死亡し、メスは巣から離れ、冬を越して新しい女王バチとなるのである。××××マリアが生まれたのは巣(帝国)が大きくなっていたころの晩夏。すでにたくさんの働きバチ(戦士)が帝国を守っていた。戦士はすべてマリアより先に産まれた姉たちである。戦士となったマリアはこの帝国の偉大な母と妹のため、恋や遊ぶこともせず必死に戦い続ける。しかし、これは自分の持って生まれた運命だと思い、気にすることはなかった。それがある日、出会った雄バチから、マリアの寿命は長くて30日だと聞かされる。そして、この帝国の血が絶えないよう次の女王を育てること。それが宿命だと言われた。そのような時、女王からは次に産まれてくる新女王蜂の育成を強く命じられた。しかし、この時期は餌が少なく、十分確保できなかった。しかし、残された寿命は短い。そこでマリアはミツバチの巣を襲い始めた。一度に大量の餌を確保できるからである。これで次々と産まれてくる女王になる幼虫の餌を確保し、帝国の危機を救ったのである。しかし、その後この女王バチは無精卵を産み始めた。もはや女王の資格がない。マリアはこの女王を殺してしまった。××××すると次の女王になる幼虫が成虫になり、この巣に住み始めた。当然、この新女王バチの世話をしなければならない。さらに大量の餌が必要となる。そこで目をつけたのが凶暴なキイロスズメバチ。この巣には大きな幼虫がたくさんいるので、効率的である。この巣を襲い始めた。しかし、キイロスズメバチも応戦する。鋭い牙や毒針で反撃し、マリアたちにも多数の戦死者が出た。マリアも傷つけられたが、それでも戦い続けて餌を獲得。新しい女王を育て上げた。冬が近づいたある日、マリアは新女王たちに「この帝国は多くの戦士の命と引き換えに出来たものだ。だからあなたたち女王はこの帝国を守り子孫を絶やさないでほしい。それを願っている」と話した。これを聞いた新女王は次々と巣を離れて行った。これを見届けたマリアは、これで来年も私たちの遺伝子を引き継いだ帝国ができると安堵する。しかし、マリアの体は戦い続きでボロボロ。30日の命が尽きようとしていた。これを感じているマリアは「自分は誰もいないところでひっそり死のう」と、最後の力を振り絞って空中に舞い上がった。眼下には大きな世界が広がっていた。この感動的な最後。この光景がいつまでも心に残った。××××この本についてあの有名な養老孟子博士が、「実に稀有な面白さを持った不思議な小説である。極めて学術的に描かれていながら、同時に冒険小説のように力強く感動的なドラマである。ハチの本なんか読んだってしょうがないよ。そう言わずに、小説として読んでみたらいかが。ひとりでにハチが代表している社会性昆虫の生活が理解できてくるはずである」と話されている。このように養老博士がべた褒めなので、実に良い本なのだと再認識した。これを読むことができ、よかったと思った。とはいうものの、これはS氏のお陰。読まないとS氏に悪いと思ったからだ。今となると笑えてくるが、改めてS氏に感謝しなきゃ。Sさんありがとう。MORINOTAYORI 6