ブックタイトル森林のたより 822号 2022年3月

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概要

森林のたより 822号 2022年3月

-一寸先は闇、ヤブキリ-【第368回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira孫たちが飼っているキリギリスは12月半ばを過ぎても、生きている。しかし、動きは鈍く時々小さな声で鳴くだけ。孫たちは「元気がないね」「大丈夫」と口にしていた。「これだけ長生きしたのだから幸せだったじゃない。でもクリスマスまでは生きてほしいなー」と孫たちの母親。「そうなるとキリギリスを見ながらケーキが食べられるね」とIちゃん。Nちゃんは「キリギリスはケーキを食べないかなー」とそれぞれの思いを口にしていた。12月24日、クリスマスの前日だ。キリギリスは生きている。手を出すと逃げる。これなら明日まで間違いなく生きている。昆虫歴60年の私の直感だ。孫たちには「明日はキリギリスを見ながらケーキが食べられるから」と言って、午後4時に原稿を提出した。この日が締め切り日だったからである。この続きは次号に書くつもりであった。しかし、本当に生きているだろうか。一寸先は闇。この言葉が目に浮かんできた。ところがその夜、この言葉通りになった。キリギリスが死亡したのである。連絡を受けたのは23時40分。母親からだった。母親は「あと20分生きていればクリスマスだったのに」と無念そうであった。しかし、数時間前までは元気だったキリギリス。今は無残なこの姿。夢ではないかと思った。翌日、孫たちは「なぜ死んだの」「可愛そう」と悲しそうであった。母親は「これだけ長生きしたのだから幸せ。まだヤブキリが生きているから、これからはこの世話をしなさいよ」と何回も口にしていた。××××すでにお話ししたように、キリギリスとヤブキリを採ったのは7月2日。これを孫たちと飼い始めた。しかし、孫たちに人気があるのはキリギリス。大きさ、姿はほとんど変わらないのに、ヤブキリにはあまり興味を示さないのだ。それはキリギリスが「ギースチョン、ギースチョン」と大きな声で鳴くからであろう。ヤブキリ、キリギリスは同じ仲間であるが、一緒にいると喧嘩をはじめ、どちらかが食い殺される。このため、1匹ずつ飼わなければならない。我が家では100円ショップの小さな虫かご。これに1匹ずつ入れた。これを孫たちが世話。餌や水を与え、糞を取り除く掃除などだ。この頃はコロナで外出自粛だったので、これら虫の行動をじっくり観察し、その様子を私に話してくれた。このことは私自身の勉強にもなった。秋になり野外ではキリギリス、ヤブキリも鳴かなくなった。しかし我が家の2匹は元気よく鳴いている。12月になると冒頭で記したように、あまり動かず、鳴く回数も少なくなった。そして、クリスマスの前日にキリギリスが天寿を全うしたのである。しかし、ヤブキリは鳴いている。これなら年が越せる。ぜひ越してほしいと家族全員が願った。そして令和4年を迎えた。ヤブキリは元気だ。しかも鳴いている。この音色を聞きながら皆で雑煮を食べた。格別の味だった。××××ヤブキリはいつまで生きるのだろう。今度はこれが気になってきた。私も毎日観察した。この頃の餌はリンゴと煮干しのみ。餌を与えるのは母親。孫たちはキリギリスが死亡してから餌をやるのを嫌がるのである。ショックだったのだろう。ヤブキリは餌を与えても表面を少し齧るだけであったが、毎日鳴いていた。この頃から日本全国が寒波に覆われ、各務原市でも雪が降るなど寒さが厳しくなってきた。ヤブキリはほとんど動かなくなった。1月8日、久しぶりにヤブキリが小さな声で鳴きだした。悲しいことに、これがヤブキリの鳴き声の聞き納めであった。前足を餌に掛け最後の力を振り絞っている姿。「これからキリギリスに会いに行きます」と言っているようであった。その後ヤブキリはわずかに動くだけであった。1月15日、午後1時30分、あの世へと旅立って行った。我が家の家族となって198日目であった。▲正月を迎えたヤブキリ××××ヤブキリの世話をしたのはほとんど母親。その母親が実妹に「ヤブキリが死んでいたらどうしようと、寝れないことがあるの」と話していたという。この話を聞いて私は考えてしまった。私は今までいろいろな虫を飼育してきた。ほとんどが成虫にして標本箱に並べるだけだ。当然飼っている途中にたくさん死亡した。しかし、すぐにポイ捨て。昆虫マニアなら当然だと思っていたからである。それにしても母親、本当に家族の一員として育てていたのだと思った。孫たちにもこのことを伝え、そして一言「本当に素晴らしいお母さんだね」。それともう一つ考えてしまうことがある。それはIちゃんに「昆虫は広い野外で動き回り、美味しいものを見つけて食べるのが幸せなのだよ」と話したことがある。すると「だったらキリギリスは可哀そうだね。小さな虫かごの中で、与えられたものを食べているだけだから」とIちゃん。返答に困った。「そのかわり長生きできるよ」この言葉しか出てこなかった。Iちゃんが中学生になったら自然界の仕組みをわかりやすく話してやるつもりだ。7 MORINOTAYORI