ブックタイトル森林のたより 823号 2022年4月

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概要

森林のたより 823号 2022年4月

混乱する世界と森林昨年2021年は森林・林業の世界で生きる者にとって実に刺激的な1年であった。漸く念願の森林環境譲与税の譲与が進み、合わせて県の森林・環境税も第3期の継続が決まり、干天の慈雨さながらに一息。森林環境譲与税や森林・環境税の効果的な活用に向けて期待を込める最中。突如としてCOVID-19が想像を絶する速さで世界から我が国に感染拡大して2年目に突入。それでなくとも気候変動や生態系サービスの供給源である生物多様性の危機に喘ぎ、未来の子供達に恵み多き地球を引き継いで行ける可能性が年々減じていく事実をさらに突き付けられている最中でもあった。所謂「プラネタリー・バウンダリー」である。気候変動ではIPCC、生物多様性ではIPBESという各々のCOPの科学的評価機関から明確な論拠と赤信号が示されている。それでも政治の世界では、統一した足並みを揃えられずにいる。英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、脱炭素に向けた歩みの具体策。石炭火力を巡る先進国と途上国の際立った対立が表面化し、世界はあるべき姿と現実の狭間に喘いでいる。そして2010年愛知・名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で提唱され定められた国連生物多様性の10年が、COVID-19により最終年は2年も繰り越された。そこでもIPBESによる世界規模の調査を基に、中国・昆明で生物多様性の危機に対する次の展開を議論する予定が詰め切れずにいる。ようやく今年の5月にCOP15としてのハイレベル会合開催が予定され、共同声明が発出できる見込みとなった。COP26、COP15が相関性を持ちながら共にプラネタリー・バウンダリーへの処方箋を合意することが、また繰り越されてしまう。とは言えこと森林に関していえば、かつてこれ程までにプラネタリー・バウンダリーに対する森林の価値評価が高まったことはない。そもそもCOVID-19の感染の根源的原因は、欲望のまま振る舞う人間の傍若無人ぶり。プラネタリー・バウンダリーへの時間を制御する結果を出せずにいる。森林の炭素吸収の機能に対するNbSの思想と規制とは言いつつも、人為に起因する地球環境の劣化現象。つまりプライマリー・バウンダリーへの残り時間は加速度的に縮みつつある。経済は成長したとしても、地球の生命圏の環境容量は成長しない。例えば自然状態の地球の陸上生態系が吸収する炭素は31億炭素トンであると言われているが、IPCC第4次報告によると現在世界が人為的に排出している炭素は72億炭素トンとされている。差し引き41億炭素トンが気候変動や生態系サービスの低下。そうプラネタリー・バウンダリーへの残り時間を縮めているということになる。例えば石炭火力の削減や自動車のEV化などを早急に推進するなど所謂排出の抑制、脱炭素政策の徹底を速やかに図られねばならないことは言うまでもないが、31億炭素トンという吸収量の低下をいかに防止すべきかという課題にも早急な取り組みが求められる。先に混迷したと表現したCOP26のもっとも大きな成果は「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」と言われている。それは、世界の森林の90%以上を保有する100以上の国・地域の政府が2030年までに森林破壊をなくすという目標への合意である。この国々の中に、オーストラリア、ブラジル、カナダ、インドネシア、ロシアといった森林破壊と森林劣化が進む国々が含まれている意義が大きい。また、そのために森林の保全と回復に、官民で192億ドル(約2兆2000億円)を投じる合意がなされた。言うまでもなくその最も大きな理由は、気候変動対策に最も有効と見做されている森林をしっかり保全しなければ、増大する一方の炭素の排出に対応できないという認識からである。このような自然を基盤とした解決策「NbS(Nature-based Solutions)」に類する方策は、これまで気候変動対策の中でも優先順位が低かった。どちらかと言えば、排出源を巡る議論が優先されがちであったからである。COP26に付帯したこの宣言には、森林資源国ばかりではなく、森林資源利用国、つまり市場も参加し、それぞれが森林の環境価値の保全向上に多くの役割を果たす方向が示された。まさに森林保全を気候変動の取り組みの中心に位置づけた歴史的成果と言っても良い。NbSという考え方は、COP26以前から静かな広がりを見せていた。例えば、2020年11月、英国政府は世界初の森林リスク・コモディティ規制を法制化している。その対象製品はこれまで規制の対象となっていた木材やパルプに加え、牛肉・皮革・パームオイル・大豆・ゴム・カカオなどであり、それは英国内の一定水準以上の商業取引高で線引きされ、規制対象となる。これらを称してコモディティのデューデリジェンス、省略して「DD(情報収集開示・リスク評価・その緩和策など)」と呼ぶ。この英国の取り組みの影響を受けEUでも同様なDD規制が導入された。EUでは英国のように一定水準以上の取引高の範囲に留まらず「森林減少に影響を与えた」コモディティにまで範囲を拡大し、尚且つ木材生産国との間でRPP(責任ある調達指針)に基づいた協約を結び、流通プロセスのデューデリジェンスと段階毎のアカウンタビリティにまで及ぶ仕組みとされた。我が国に於いても、そこまでの詳細な規制や協約には及ばぬものの、比較的早い時期から合プラネタリー・バウンダリーへ最も有効な処方・森林岐阜県立森林文化アカデミー学長涌井史郎MORINOTAYORI3