ブックタイトル森林のたより 824号 2022年5月

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概要

森林のたより 824号 2022年5月

-目にまとわりつく、メマトイ-【第370回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira私の日課は散歩。健康を維持するためだ。歩く時間は1時間以上。歩数は最低8000歩。歩く場所は標高170mの伊木山登山道か自宅周辺。これを十数年前から続けている。当初は体力があり楽に歩けたが、歳とともにきつくなってきた。特に伊木山。登って行くのに息が上がり、苦しくなってくるのだ。それで、ラジオを聞きながらゆっくり登り始めた。このお陰で、前より足が軽くなったような気がする。伊木山頂上からは御嶽、恵那山、伊吹山や木曽川が一望でき、実に心地よい。2022年3月12日。この日の散歩は伊木山だ。登山口でラジオを入れた。すると11年前に起きた東日本大震災の追悼番組をやっていた。あの震災からもう11年も経ったのか。月日の経つのは早いものだと、当時のことを思い出した。ラジオから聞こえてくるのは、当時被害にあった家族の悲しい声。心が痛んだ。少し登ったら小さな虫の集団が目の前に現れ、舞いまった。メマトイだった。久しぶりに目にしたこの小さな虫。懐かしくなった。××××私がこの虫を知ったのは高校生の時。裏山へ行くとこの小さな虫が目の前を飛び回るからである。ある日理科の先生から、この虫は目の前にまとわりつくから「メマトイ」というのだと教えてもらった。その後、昆虫採集に出かけるとよくまとわりつかれた。しかし「また出てきたか」と手で追い払うだけ。気にはならなかった。ところがこの日のメマトイ。実にしつこい。払いのけても払いのけても、次々と攻撃?してくる。まさにメマトイであった。下りも同じだった。次々と攻撃してくるのだ。なぜ、目の前に出てくるのか。この機会にいろいろ試してみた。目をつぶり、しばらくして開ける。メマトイはいない。しかし、すぐに攻撃してくる。歩いている途中で後ろ向きになる。メマトイはいないが、すぐにまとわりついてくる。やはり黒い眼の玉をねらってくるのかと思った。となると、目が茶色の外国人は攻撃されないのだろうか。こんなことも思った。この東日本大震災では私の虫仲間の数人が被害にあった。昆虫標本が波にさらわれたり、ガラスが割れるなどのひどい目にあったのである。当時は命があるだけよかったと言っていたが、月日が経つにつれ昆虫標本がなくなったのは悔しいと口にするようになった。40年かかって集めた貴重な標本。それが一瞬にパー。今は体力がなく気力も出てこないという。某氏の悔しそうな顔が目に浮かんできた。××××散歩をした日は夕食が楽しみだ。日課としている晩酌が格別においしいからだ。これは週何日でなく、週7日だ。この日も風呂で汗を流して、いつもの場所でテレビをつける。これからが至福のひと時の始まりだ。まずビールで喉を潤す。次に日本酒の熱燗。いい味だ。食がすすむ。テレビでは東日本大震災の追悼番組をやっていた。映し出される当時の映像。ラジオで聞くより悲惨だ。続いてロシアがウクライナを侵攻しているニュースに代わった。これも悲惨だ。ミサイルで次々と爆撃される建物。逃げ惑う市民。道路にはいくつもの死体。胸が痛むどころか激痛が走った。中でも「戦争はやめてください」と涙を流しながら訴えている少女の顔。思わず私も涙ぐんでしまった。このような悲惨なテレビを見ながら飲む酒はいつもの味ではなかった。××××それではメマトイとはどんな虫であろうか。私自身、よく知らないので調べてみた。この虫はハエの仲間でショウジョウバエ科の1種である。日本には10数種いるが詳しいことはよくわかっていない。どの種も2~4mmと小さいので、捕まえて持ち帰り顕微鏡で調べてみた。しかし、よくわからなかった。と言うより目が悪くなり、細かいところはぼやけてしまうのである。また、人の目に集まるのは、目やにや涙のタンパク質を吸うためだという人が多いが、これもよくわかっていないようだ。このほか、集まってくるのはすべてオスだという。オスだけ?メスがいないのになぜオスだけが集まるのか。不思議だった。時々メマトイが目の中に入ることがある。私も何回か経験しているが、その都度目をこすったりパチパチして涙を出したりしているうちに治まってしまった。しかし、早く目から取り出さないと病気が発生し、ごく稀に失明することがあるというから怖い虫でもあるのだ。そこでメマトイの行動をもうすこし知るため、5日後の3月17日、再び伊木山へ出かけることにした。ところが、前夜東日本に大地震が発生し、11年前と同じ太平洋側で大きな被害が出た。登り始めるとラジオではその地震の痛ましい状況を放送していた。またこの地域の人が被害を受けたのか。気の毒にと胸が痛んだ。すぐにメマトイがまとわりついてきた。数は前より多い。しかし、前のように顔を背けたり追い払ったりすることはしなかった。こんなことで腹を立てていたら、震災被害にあわれた人や、ウクライナの人に申し訳ないと思ったからである。7 MORINOTAYORI