ブックタイトル森林のたより 825号 2022年6月

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概要

森林のたより 825号 2022年6月

-日本で4頭目、フトアナアキゾウムシ-【第371回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira令和4年3月20日(日)。日本甲虫学会東海支部例会が3年ぶりに開かれた。新型コロナの影響で中止されていたからである。この例会は愛知、岐阜、三重県で甲虫に興味ある人の集まりで、40年以上続いている。当初は名古屋市の愛知県産業貿易会館で開かれていたが、ここが閉館となってしまった。このため、平成21年から三重県鈴鹿市にある三重県環境学習センターに代わった。しかし、名古屋市にくらべ交通の便が悪い。私の場合乗り換えなどに時間を要し3時間近くかかる。これでは参加者は少ないだろうと思いつつ、交通機関を利用して鈴鹿市での第1回例会に参加した。ところが参加者は約30名。会員数は40名強なので、よくこれだけ集まったものだと驚いた。やはり虫好き人間の集まりだ。つくづく思った。ほとんどが顔見知り。会議と言うよりざっくばらんな話し合いの場となった。各人が採った珍品の自慢話。採り損ねた無念話などいろいろあった。あっという間に閉館。名古屋会場ではここで解散であったが、この日は幹事が近くの大衆酒場で懇親会を計画した。ほとんどが参加。ビールや日本酒を飲みながらの虫の話。楽しかった。酒の味は格別で五臓六腑に染み渡った。楽しい懇親会だった。これ以降、例会の後はこの大衆酒場で懇親会が行われている。××××この日の例会もT氏の車に同乗させてもらった。それは数年前T氏から「私は酒が飲めないので毎回自家用車で参加していますが、話し相手がいません。それで一緒に乗っていただけませんか」と声をかけられたからである。嬉しかった。以後、この例会はT氏の車で出席している。私はT氏と違い酒をこよなく愛する男。これで心置きなく飲めると喜んだ。ある人は「いいパートナーをみつけたなー」と羨ましがっていた。この日はT氏が若いころの話をしてくれた。彼の若いころは熱狂的なチョウマニアであった。狙った蝶を採るため、自家用車で全国各地へ出かけたとのこと。中でもある小さな蝶がほしくて阿蘇山へ出かけたが採れなかったので、3年続けて挑戦してようやく手にした話。これにはT氏の執念がひしひしと伝わってきた。そのほか四国、山陰、佐渡、東北地方などへ出かけていた。もちろんすべて自家用車。しかも、休暇がとれなかったので、土曜日の午後に出かけて月曜日の朝に帰り、そのまま会社に出勤したとのことであった。これが何年も続いたというから驚きだ。私も全国各地で採集しているが年休や夏季休暇を利用したりしているのでT氏とは比較にならない。「奥さんは何も言わなかったの」と聞いた。T氏は笑いながら「諦めたみたいだよ」。T氏は子供の入学式、卒業式どころか学校の敷地へ入ったことが無いとのことであった。これこそ虫きちがい。私とは比較にならないと思った。蝶以外の虫の話も聞いたが、どれもすごい。やることが徹底しているのである。T氏はすごいとつくづく思った。××××12時過ぎに到着。すでに30人以上集まっていた。しかし、名前のわからない人が多い。マスクをしているからだ。「あなたはどちらさんですか」この言葉を何回も使った。今回は青森、東京、神奈川、福井、和歌山県などからも来ていた。これも虫仲間の話し合いの場がないからだろう。そんな気がした。発表会では2年前に亡くなられたゾウムシの世界的権威だった森本桂博士との思い出に関するものばかりであった。やはり森本先生はすごい先生だった。改めて思った。私が森本先生に初めてお会いしたのは50数年前、ゾウムシを同定してもらうため農林省林業試験場へ出かけたとき。2箱の昆虫箱のゾウムシを顕微鏡を覗きながらタイプライターで打つ。神様のようであった。その時、「これはフトアナアキゾウムシで、日本で4頭目ですよ」と言われた。嬉しかった。胸が熱くなってきた。その時の先生の言葉は今でも忘れられない。私がゾウムシに狂いだしたのはこのゾウムシのお陰だと思っている。発表会のあとは情報交換の時間。しかし、いつものような自慢話が少ない。採集に行けなかったからである。当然懇親会はなし、何か物足りない支部例会であった。××××出席者の中には、70歳以上の人が私を含め10数人いた。古くからの友ばかりだ。この日もよく話し合った。よく出てきたのが昆虫標本の話。皆が高齢なので今のうちに標本の行き先を決めておきたいのだ。候補先の大学や博物館はどこも余裕がない。ただ大珍品や超貴重種だったら引き取るとのこと。しかし、私たちにすれば何十年もかけて集めた標本。貴重種だけというわけにはいかない。中にはそれだったら昆虫標本業者に頭を下げて貴重種を買い取ってもらうわ。こんな意見も出た。結局、結論は出なかった。帰路、このことをT氏に話した。するとT氏は言った。「なるようになるだよ。だから私は標本を手ばなすつもりはない。」なるほど。では私の「なるようになる」はなにか。今考えている。▲日本で6頭目のフトアナアキゾウムシ7 MORINOTAYORI