ブックタイトル森林のたより 828号 2022年9月

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森林のたより 828号 2022年9月

-卵を背負うオス、コオイムシ-【第374回】自然学総合研究所野平照雄●Teruo Nohira岐阜市では、市内の注目すべき生きものたちとして「岐阜市版レッドリスト・ブルーリスト種」を決めている。これに私は昆虫部門の責任者として、現在までに25種のレッド種を選定している。しかし、昆虫を含めすべての生物は生息環境や気温などで生息数が変化する。ある種が急に増えたり、逆にある種はほとんど見ることができなくなることもある。そこで4年前からこの種の3回目の見直しを行っている。この作業は必要である。しかし、昆虫類のレッド種は30年以上採集されていないものや、数頭しか採れていない超貴重種ばかり。見つけるのは難しい。某調査員は言った。「こんな片手間のような調査で答えが出るはずがない。ただ調査したと言うだけではないか。」私もそうだと思いながら調査した。やはり超貴重種は見つからなかった。調査員といろいろ話し合った。その中で、「現在レッドリストは国、県、中には市町村でも指定している。言葉は悪いがレッドリストの大安売りという感じだ。特に市町村までがレッド種を決める必要があるのか」という話になった。しかし、今回の調査で、レッド種ではないものの、前には採れていた昆虫がいなくなっていたり、どこでも見られた超普通種が少なくなっている種がいた。これが市町村のレッド種だ。これらの種をくわえるべきだということになった。すぐに目に浮かんできたのがコオイムシ。かつてこの虫はよく見られたが、年々少なくなり岐阜市では絶滅。こんなことを口にする人もいる。ところが最近この虫がいたという話を聞くので、レッドリストの候補に加えることにした。××××コオイムシ。漢字で書けば「子負虫」。子供を背負っている虫というのが語源。この虫のオスは背中に40個くらい卵を背負っているので、一度目にすれば忘れることはないであろう。コオイムシはカメムシ目、コオイムシ科の水生昆虫である。前足には鎌状の鋭い刺があり、これで小さな魚を捕まえ養分を吸収している。同じような昆虫にタガメがいるが、これは前足が横へ広がっていて獲物を抱え込むように捕まえている。同じ牙でも捕り方が違うのである。この虫を初めて採ったのは40年前。美濃市の長良川近くの田んぼだ。手に取って眺めているうちに昔のことが目に浮かんできた。高山市の田んぼに何匹もいて、祖母からこの虫の名前を聞いたような気がするが60年以上も前のこと。思い出せない。それと高校生の時、故N氏と背中の卵の数を数えたような記憶があるが、これも定かではない。歳をとると昔のことは忘れてしまう。この現実に悲しくなる。××××コオイムシは鎌形の前足で魚を襲うので狂暴な昆虫。特にオスが狂暴なのだろうと、多くの人が思うのではないか。しかし、そうではない。オスは子育てをするやさしい昆虫なのである。これは厳しい自然界を生き延びるコオイムシの知恵なのである。とはいえ、オスにとっては過酷、いやメスが狂暴なのかも知れない。まずメスはオスと交尾をする。その後オスを押さえつけてどろどろした接着剤のような液を背中に塗り付け、ここに卵を産む。この接着剤は強力で、乾くとセメントみたいに固まり絶対剥がれない。このためオスは飛べなくなり、この体で餌を捕るのは難しくなる。それで時には他のコオイムシを襲い、餌にすることがあるというからむごい話だ。そのうちに背中の卵が孵化して幼虫となり離れていく。これでオスの役目は終わりとなる。しかし、その後は今まで自分の背負ってきた子供を襲うというから、さらにむごい話だ。この幼虫が成虫になるのは7月から8月。しかし、年内にはほとんど死亡し、生き残るのは数匹。この虫にも厳しい現実があるのである。××××レッド種を決めるのは難しい。委員それぞれの考えがあるからである。例えば30年以上採集されておらず、その場所が開発されていれば、ここでは絶滅したという人が多い。しかし、一方では確証もないのに決めつけるのはおかしいと言う意見もある。絶滅を証明するのは難しい。結局、変更なしとなる。となると今回のコオイムシも見たというだけで、採集されていない。当然、異論が出るだろう。しかし、この虫を見間違えることはないので、とりあえず情報不足として推薦するつもりだ。また、国や県と違い市町村となると話がややこしくなることがある。例えばギフチョウ。国や県でもレッド種なので、岐阜市でも指定した。ところがギフチョウとゆかりの深い名和昆虫博物館長から反対意見が出てきたので、取り消した。ところが市民からはレッド種にすべきだと市役所へ抗議。私もレッド種に戻すべきだと思い、館長と話をした。館長はレッド種指定には反対だ。国や県を含めレッド種がなぜ必要なのか。無駄な開発を止めればよいだけのことではないか。これは私の信念だと言われた。その後も何回か館長にお会いしているうちに、了解を得ることができた。ほっとした。しかし、その後に一言。「これはあなたの顔を立てただけで、本心は違いますよ」と笑顔で言われた。人の心がわかる素晴らしい館長だと思った。5 MORINOTAYORI