ブックタイトル森林のたより 829号 2022年10月

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概要

森林のたより 829号 2022年10月

文:樹木医・日本森林インストラクター協会理事川尻秀樹クスサン206▲コギクにつかまって羽化したクスサン「大きな蛾がいるよ」と言われて庭のコギクを見に行くと、クスサン(Caligula japonica)が羽化していました。9月~10月に成虫になるクスサンは、ヤママユガに似ており、翅を開くと約15cmになる大型の蛾です。後翅はふだん前翅に隠れていますが、後翅には大きな蛇の目模様があります。夜の街灯などに誘われて、壁などに張りついて止まっている翅を観察すると、雌はあまり色彩変異が無いのに対し、雄は色の濃淡など様々な変異が見られます。羽化して交尾を終えた雌成虫は樹木の幹の割れ目や枝の分岐点などに、150~200個の卵を産卵し、卵は卵塊のまま越冬します。4月頃に幼虫に孵化し、若令期の幼虫は黒灰色で群れて生活します。ある程度成長すると分散して生活し、初夏の終齢幼虫は長さ約80mmと大型で青白色の胴部全体に長い白毛があります。幼虫の長い毛はドクガやイラガのような有毒作用はありません。幼虫の食樹対象樹種は幅が広く、クリやクヌギ、コナラ、ケヤキ、カエデ、トチノキ、サクラなどの他、普通の昆虫があまり食べないウルシやハゼ、イチョウ、クスノキなども食樹します。このクスノキの葉を食害することから漢字で「樟蚕」と書き、和名になったとされますが、実際にはクスノキよりもクリやクヌギを好みます。また外見や習性から、シラガタロウ(白髪太郎)、クリケムシ(栗毛虫)、飛騨地方ではトチノキの葉にも加害するためトチカンジョと呼ばれました。7月上旬には楕円形で網目状の繭を作ります。この繭は中の蛹が透けて見えるものの非常に頑丈で、夏の高温多湿下での換気に優れており、この外見から「透かし俵」とも呼ばれました。繭糸は釣りのテグスや西洋人形の毛髪に利用されました。昔は釣り糸に天蚕糸(てぐす、てんさんし)を用いましたが、これはカイコガ(Bombyx mori)やクスサンの幼虫腹部の絹糸腺(けんしせん:繭になる糸を作る部分)を使ったため、今でも釣りの世界では釣り糸をテグスと呼ぶのです。取り出した絹糸腺は濃度10%の酢酸に約10分浸け、ゆっくり引き延ばすと強度が増し、漁網に用いる場合は柿渋を塗って防腐・撥水強度を増しました。山では生きたクスサンの幼虫の腹を切り裂き、絹糸腺を引き伸ばしたままテグスにしたり、酢に浸けてから使ったりして即興の釣り糸としたのです。紳士服メーカーの御幸毛織㈱では、栗の葉を食べて栗色の糸を産出するクスサンの糸を緯糸に使用した「ナポレナ栗繭」という光沢ある洋服を販売されていることを思い出しながら、羽化したクスサンを眺めたのです。MORINOTAYORI 6