ブックタイトル森林のたより 830号 2022年11月

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森林のたより 830号 2022年11月

活かす知恵とを森林人118●詳しい内容を知りたい方はTEL(0575)35ー2525県立森林文化アカデミーまで気を抜くと腐る?けど思ったようには腐らない?木材腐朽のふしぎ岐阜県立森林文化アカデミー助教●上田麟太郎【参考論文】[1]野田康信,森満範,戸田正彦,森拓郎:強制腐朽処理による柱脚接合部の評価.日本建築学会大会学術講演梗概集C-1構造Ⅲ, 277-278(2011).そうして先ほどの話に戻ると、なぜ腐朽処理がうまくいかなかったのかも察しがついてきます。つまり、わざわざ苦労してセルロースを分解しなくても十分にある培地のグルコース(とデンプン)だけで生存できるから、腐朽菌が木材をあまり分解しなかったのではないか?ということです。もともと逞しく生きている腐朽菌を見くびって、親心で(?)栄養をあげすぎたという訳ですね。端的に表せば、「甘やかしすぎてダメになった」ということかも知れません。講釈ならここで「子供を甘やかすな」と締めるのでしょうが、腐朽菌の様子をみると、その結論は間違いのようです。さらに長く置いて培地の養分が尽きると、木材の腐朽がきちんと進みました。培地の養分が届かない場所、たとえばユニットを取り付けた木材の反対側や内側の奥まで菌糸が伸び、予想以上に分解が進んでいることもありました(図3)。腐朽菌の伸びかたは、表面から見るだけでは分からないこともあります。さて、この観察結果だけ見ると、木造住宅を腐らせないために「砂糖を撒け」という珍案が出てきかねません。何か効果はあるかも知れませんが、そのうち砂糖は湿気で流れてしまうでしょうし、より強力なカビが蔓延って腐朽菌を駆逐してしまうかも知れません。およそ期待通りにはならないでしょう。実験室で起こることが、現場でもその通りとは限りません。生き物のことならなおさら、簡単に思い通りにはならないのです。木造で特に気を付けなければならないのが、木が腐ること、専門用語でいえば木材腐朽です。腐朽が進むと危険なことは知られていますが、どれぐらい腐るとどれぐらい強度が下がるかは、いまだ不明点の多いところです。腐朽を進める菌類(腐朽菌)や木材の種類、木材の腐り方によって一概に言えない難しさはありますが、これは「どれぐらい腐朽が進んでいたら『手遅れ』なのか」の線引きが今のところ、正確には難しいということです。それを知るためには、研究の蓄積が必要です。そこで去年まで在学した北海道大学では、腐朽した木材を試験体に使って「どれぐらい木材が腐ると、どの程度ビスや釘の利きは悪くなるか」などを研究してきました。と言っても、その辺に落ちている腐った木材では実験は出来ません。研究に必要だったのが、「人工的に木を腐朽させる」こと=腐朽処理です。今回は、そんな腐朽処理から学んだことについてお話しします。木材の腐朽処理方法として、「腐朽源ユニット法」を利用しました。これは北海道の林産試験場で考案された方法で、容器に培地を充填して腐朽菌を培養したユニットを木材に取り付け、腐朽させるという方法です[1]。私の実験では、ジャガイモデンプンと糖(グルコース)、寒天で出来たPDA培地を多めに用意してユニットをつくり、菌が育ったあと(図1)に針葉樹材に取り付け、腐朽菌に適した温度と湿度を整えて半年以上置きました。ところが、結果がいまひとつになることがありました(図2)。木材の水分量の変化も加わりますが、腐朽の前後で、重さの変化が1割に満たないものもありました。腐朽処理は失敗と言えるでしょう。十分な栄養と環境で、何が問題だったのでしょうか。そもそものお話をしましょう。木材腐朽菌は、木材の主成分・セルロースを分解し、栄養源となる糖を生成して育ちます。われわれヒトは、デンプンを糖に分解して栄養にしていますね。こうして並べると同じように簡単に(?)見えてしまいますが、セルロースを分解するのは、実はとても時間のかかる作業です。ウシは牧草のセルロースを分解して暮らしていますが、そのために、分解を可能にする共生細菌、4つの胃と体の20倍の長さの腸、そして反芻が必要なことを考えると実感がわきやすいかも知れません。ヒトの腸の長さは身長のせいぜい6倍ほどです。反芻もしませんね。セルロースとデンプンは、どちらもグルコースが連なった多糖類ですが、構成するグルコースの構造のほんのわずかな違いから、分解しやすさをはじめ性質が大きく違っています。木材のセルロースの分解は、さらに難儀になります。何十年も樹体を支えるのに、簡単に分解される訳にはいきません。そのために樹木は、きわめて分解しにくい成分・リグニンをセルロースにまとわせ、抗菌活性のある抽出成分、たとえば松ヤニを木材に蓄えて対抗しています。リグニンの分解の難しさは、人が今も苦労するほどです。製紙工場では、褐色でインクも乗りにくいリグニンをうまく取り除いて強度のある白い紙をつくるために、何種類もの薬品・漂白剤を使った処理が必要になっています。主に針葉樹材を腐朽させる(だから建築物で被害が深刻な)褐色腐朽菌は、リグニンをほとんど分解できません。褐色腐朽菌が木材を腐らせるのは、抽出成分という毒と闘いながらリグニンを避けてセルロースをちびちびと分解する、手間の掛かる仕事というわけです。図1.菌糸がまわった腐朽源ユニット.ゼリー状の培地に処理の対象と同じ樹種の小片を並べて腐朽菌を接種し,製作する.図2.あまり腐らなかった試験体.材の表面も硬さをほとんど保つ.図3.ユニットを取り付けた上面から、腐朽菌が木口(写真奥)へ迂回して材の内部を腐らせた例.MORINOTAYORI 12